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2025.05.23 【 2025.11.17 update 】

英雄達の戦記「激突!ラスティニー」

シゴ星界で始まる新たな戦い。運命分かつ緒戦の物語。シゴ星界で始まる新たな戦い。運命分かつ緒戦の物語。

英雄達の戦記 激突!ラスティニー

Illust. おぐち

【 2025.11.17 】

エピローグショートストーリー「vs圧潰」を掲載しました。

【 2025.10.03 】

エピローグショートストーリー「vs歪曲」を掲載しました。

【 2025.09.26 】

エピローグショートストーリー「vs束縛」を掲載しました。

プロローグ

ストーリームービー

Youtube&ゼクストリーム開会式で公開されたストーリー映像を再掲!

ショートストーリー版プロローグ直後の出来事を振り返りましょう!

エピローグ

英雄達の戦記 激突!ラスティニーエピローグ

Illust.うちゃコ、デカ・プリ夫、NAKAI Background Illust:おぐち

  • エピローグ vs “束縛”
  • エピローグ vs “歪曲”
  • エピローグ vs “圧潰”
  • VS “束縛”の執行者 デストラ

     蝶ヶ崎ほのめ、上柚木さくら、上柚木綾瀬の3人とそのパートナーは、ユークトゥルスの手で本隊から分断されたのち、デストラと名乗る謎の女と対峙していた。

     全員の〝母〟を自称する異常性こそあったものの、比較的穏やかに会話していた彼女は、迦陵頻伽の〝あたしのママはひとりだけ。あんたなんか必要ないし!〟という言葉に突如激昂。

     先ほどまでの優しげな表情は見る影もなく歪み、両者の間には緊張感が漂っている。

    「そうよ……。そう、“束縛”しなきゃ。ちゃんと躾けなくちゃ。私はこの子たちのママだもの……」

     自らに言い聞かせるように呟いたデストラは、どこからともなく大剣を取り出す。

     青の世界のゼクス使い、或いはバトルドレスをよく知る者がその場に居れば、ウェポンクラウドを彷彿とさせることに気づいただろう。無論、青の世界の技術そのものではなく、ユークトゥルスが“模倣”した技術だ。

    「ちょっとだけ痛いわよ? でもね、痛くするママの心だってすっごく痛いの……。だから我慢できるわよね。可愛い可愛いびんがちゃん?」

     微笑んでいるはずのデストラだが、目は笑っていない。

     冷たい視線を向けられても尚、迦陵頻伽は更なる反抗を試みた。

    「ママ以外がママを名乗んないで! あたしのママはひとりだけ。百歩譲って、名乗っても許せるのは、ほのめだけ! あんたは誰のママでもないし!」

    「だから! 私が! あなたたちのママだって何度も言ってるでしょう!?」

     ヒステリックな叫びと共に、大剣を振りかぶったデストラ。

     迷いなく、迦陵頻伽に向けてその刃を振るった。

    「きゃあああっ!?」

    「びんが!」

     間一髪。ほのめが迦陵頻伽を突き飛ばし、勢いよく転ぶ。

     地面に激突する直前、フォスフラムの起こした一陣の風がふたりを受け止めた。

    「ありがとう、フォスフラム! ふたりとも、大丈夫ですか!?」

    「あ……ありがと……。あたしは大丈夫だけど……。あほのめ! あたしひとりで避けられたし! 変に無茶して……怪我したらどうすんの!?」

    「体が勝手に動いたんだから仕方ありませんの!」

    「仕方なくない!」

     言い返す迦陵頻伽に向け、ほのめは盛大にドヤ顔をした。

    「いーえ! 仕方ありませんの。だってアタシは、びんがの〝ママ〟ですもの!」

    「~~~っ! も、もうっ! やっぱほのめも〝ママ〟名乗んなし!」

     一気に顔が真っ赤になった迦陵頻伽。

     微笑ましい光景だが、そのやり取りはデストラの怒りをさらに煽った。頭を搔きむしりながら、焦点の合わない目でぶつぶつと呟き出す。

    「……違う。違う違う違う。大丈夫よ。あれはただのおままごと。可愛いごっこ遊び。本当のママは私……」

    「ダメ、この風は……!」

    「そう、そうよ。本当のママは私だわ。……誰のママでもないですって? 笑えない冗談ね。私がッ! あなたたちのママに決まってるじゃないッ!」

    「いけません、追撃が来ます!」

     フォスフラムの警告とほぼ同時――

    「……ユニゾン・ドライブ!」

     刹那、金属のぶつかり合う激しい音が響く。

     デストラの大剣を、ズィーガーの操る武装が受け止めていた。

    「私たちには必要ないチカラだと思っていたけれど、早速使いどころが来たわね。私のことは気にしなくていいわ、ズィーガー。好きに暴れて」

    「チッ……。無茶言いやがる。そうしねェってわかってる癖によォ!」

    「あなたたちも戦闘態勢に!」

     ひとこと言い残し、デストラと真っ向からぶつかり合う綾瀬たち。

     さくらとフォスフラムは顔を見合わせた。

    「綾瀬ちゃんに続こう、フォスフラム!」

    「もちろんです」

    「「ユニゾン・ドライブ!」」

     リング・デバイスを掲げたさくらと、フォスフラムの足元に、魔法陣のような紋章が出現する。ユニゾン・ドライブに成功した証だった。

     綾瀬たちを追うふたりの背を横目に、迦陵頻伽の方からほのめの手を取る。

    「ほのめ、あたしたちも!」

    「はぁ……。試運転もろくに出来ないまま、すぐに実戦投入。でも、やるしかありませんわね!」

     ふたりもユニゾン・ドライブし、綾瀬と交戦するデストラを見据えた。

    「まあ……!」

    「なンだァ? 俺様の前で余所見とは、随分余裕じゃねェか!」

     その一方。デストラは、綾瀬とズィーガーをの猛攻をいなしつつも、さくらとほのめがそれぞれユニゾン・ドライブする様を視界に捉えていた。

     対峙する綾瀬たちから確かな敵意を向けられているはずだが、場違いなほど嬉しそうな笑みを浮かべる。

    「うふふ……。あなたたちも〝シンパシー〟出来るのね? 素敵だわ。それは仲良しの証だもの。みんな仲良しで、ママはと~っても嬉しい!」

     しかし、それも束の間。

     デストラの笑顔は、悔しそうに歪んだ。

    「……なのにッ! どうしてママとは仲良くしてくれないの!? ねぇッ!」

     怒りのままに咆哮するデストラが、大剣の切っ先を天に向ける。刀身が禍々しい光を放つや否や、デストラの足元から鎖が出現した。

     肉薄していた綾瀬を筆頭に、不穏な気配を感じたゼクス使いたちは、一歩退いて距離を取ろうとする。

    「彼女もユニゾンドライブを知っている……? 呼び方は違うようですが……」

    「ええ、当然でしょう? ママはあなたたちのことなら、なぁんでも知ってるんだから。ふたりでひとつになったなら、躾の手間も省けるわ」

    「あの鎖、嫌な予感がするわ。油断しないで!」

    「逃げたいの? 逃がすわけないじゃない。反抗も許さない……!」

     デストラが虚空に向けて剣を振る。それが合図になったかのように、突如パートナーゼクスたちの背後に鳥籠を模した檻が現れた。

    「なにこれ!? やだ、ほのめっ!」

    「さくら! 逃げてください!」

     名前を呼ばれたほのめが手を伸ばすよりも早く、鎖が迦陵頻伽を檻の中へ引きずり込む。

     さくらの安全を優先したフォスフラムも同様に閉じ込められ、かろうじて檻から逃げようとしたズィーガーは鎖に絡め取られていた。

     それだけに留まらず、あっという間にゼクス使いたち全員が鎖で拘束されてしまう。

    「くっ、この……。離しなさい!」

    「クソッ。この俺様が噛み砕けねェとは、随分硬ェ鎖だなオイ!」

    「フォスフラム! 痛っ、鎖が食い込んで……」

    「いけません、さくら。それ以上動かないで!」

    「ぐぎぎぎぎ! び、びくともしませんの……。ユニゾン・ドライブ中は、アタシも身体能力が上がると聞きましたのに!」

    「なんなのこの檻! 出ーせーしーっ!」

     身をよじり、もがき、噛み砕こうとして――

     ゼクス使いとパートナーは、各々のやり方で拘束を逃れようと試みる。

     だが、星界の理をほんの少しだけ捻じ曲げる“束縛”の権能により、檻も鎖も絶対的な強度を誇っていた。

    「ああ……なんて可哀想なの……。大丈夫よ。みんながいい子になったら、温かいおうちに帰りましょうね。外はあまりに息苦しくて、危険だもの……」

     抵抗する様子を見ながら、デストラは憐れむような表情を浮かべる。

     目に涙すら滲んでいたが、どこか恍惚としている様子を隠しきれていなかった。

    「…………。私たち、もしかして、このまま……」

    「さくら!? あなた何を……」

     いつも気丈なさくらが、突然諦めたようにうなだれる。

     デストラの行使する権能“束縛”は、ただ物理的に体を拘束するだけではない。精神をも縛り付け、逃げる意志を奪っていく。大天使の前身として、本来なら強固な精神力を持つさくらですら、その力から逃れることは出来なかった。

     諦観が伝染するかのように、綾瀬とほのめも俯く。

    「……いえ。でも、そうね。あいつはきっと、助けに来ないわ……」

    「アタシも……。もう疲れましたの。……母、ですか。最後に母親に抱きしめられたのは遥か昔。久しぶりに、母親の温もりを感じるのもいいかもしれませんわね……」

    「そう。それでいいのよ! ママの言うことを聞けるいい子になったら、たくさん抱きしめてあげるからね」

     次々と、諦めの言葉を口にするゼクス使いたち。

     特にほのめの一言が気に入ったのか、デストラは機嫌よく頷く。

     ユニゾン・ドライブしたままのズィーガーとフォスフラムも、徐々に精神が引きずられつつあったが――

    「……違う」

     ひとりだけ。迦陵頻伽だけは、まだ“束縛”に屈していなかった。

     デストラが母を自称し、身勝手な母性を押し付けるからこそ、なによりも大切な母の愛情が鮮明に蘇る。

    「びんが……?」

    「……違うもん。ママは……確かに厳しいことも言った。叩かれたことだってある。でも、それは全部あたしたちのため。あの環境で、あたしを生き延びさせるため。そんな状況でも、こんなこと、しなかったし」

    「叩かれた、ですって? なんて可哀想なの……。それは本当のママじゃなかったからよ。いい? ママはね、あなたたちが心配だからこうして――」

    「ふざけんな! あたしのママをバカにしないで! こんなの、あんたの自己満足。心配なんかじゃないし!」

     かつての蝶ヶ崎博士を踏み躙るような一言に、今度は迦陵頻伽が激昂する番だった。

     檻の隙間から、デストラを睨みつける。

    「ママはあたしたちを一番に想ってる! 〝束縛〟なんてしないし!」

    「……!」

     迦陵頻伽の叫びに、ほのめは顔を上げた。

    「……そうですの。その通りですわ、びんが。ここでアタシが心折れては、びんがの〝ママ〟に―― びんがと夢を託してくれた、未来のアタシに顔向けできませんの!」

     ほのめと迦陵頻伽に応えるように、リング・デバイスが虹色の輝きを放つ。

     ふたりを縛り上げていた鎖が、ほんの少し緩んだように感じた。

    「この~~~っ!! 出せし~~~っ!!!」

     迦陵頻伽の超音波で、檻に僅かなヒビが入った。

     だが、そこから崩壊は進まない。手で叩いてみても、びくともしなかった。

     ふたりの反抗にショックを受けていたデストラは、迦陵頻伽が必死で檻を叩く姿に気を取り直し、優しい声で呼びかける。

    「やだわ、その程度で壊れるわけがないじゃない。ほら、びんがちゃん。可愛いおててが痛くなっちゃう。無駄なことはもうやめましょう?」

    「うるさい! あんたが〝びんが〟言うなし! 超音波で足りないなら……だあっ!!!」

    「なっ……!?」

     迦陵頻伽は深呼吸し―― 思いっきり、頭を檻に叩きつけた。

     必殺技〝スタイリッシュ頭突き〟が見事に檻の一部を砕き、勢いのままに隙間から飛び出す。

    束縛を超克する意志 迦陵頻伽

    「いたたた……。ほのめ!」

    「何をやっているの!? そんなに痛い思いをしてまで……!」

     真っ赤になった迦陵頻伽の額を見て、デストラは再度の束縛に至れないほど動揺していた。不安定な精神の中、支配欲を母性が上回った形である。

     それを無視してほのめに駆け寄り、絡まる鎖をほどこうと四苦八苦する迦陵頻伽。

     ふたりの姿は、綾瀬とさくらにも束縛から逃れる希望を見せた。

    「……どうかしてたわ、私も。あいつに何度も助けられたせいで、甘えてたみたい」

     正気を取り戻した綾瀬が、自分自身に呆れたように首を振る。

     それから顔を上げると、毅然とした態度で告げた。

    「あんたが私のママ? 二度と口にしないことね。あんたのママごっこじゃ、私のママには到底及ばない」

    「ハッ! 言うじゃねェか綾瀬!」

     今度は綾瀬のリング・デバイスが輝く。

     束縛が緩んだ隙を、ズィーガーは見逃さない。力強く前足を振り払うと、鎖があっさりとちぎれた。

    束縛を超克する意志 ズィーガー

    「ツラは好みだったンだがなァ? 俺様を〝束縛〟すンじゃねェ!」

     ズィーガーの放つ漆黒の刃は、まず綾瀬の鎖を断ち、その後デストラの周囲に降り注ぐ。

     動揺するデストラは、皮肉にも防御思考に“束縛”されつつあった。

    「……私も、このまま諦めてちゃダメだ……!」

     3年前に亡くした両親の顔が、さくらの胸の中に蘇る。

     八千代と衝突することも多かった両親との思い出は、全てが良いものとは言えない。

     それでも、楽しい思い出や幸せな思い出が無いわけがない。胸の痛みが、口を突いて出た。

    「……私のお母さんも躾は厳しかったし、八千代に辛く当たることも多かった。それでも、たったひとりの大切なお母さんなんだよ。あなたじゃ代わりになれない!」

     さくらのリング・デバイスも、強い光を放ち始める。

     フォスフラムは、全身に不思議な力が漲るのを感じていた。力はそのまま炎として、フォスフラムの周囲に渦巻く。

    束縛を超克する意志 フォスフラム

    「さくらは自由な風。何者にも〝束縛〟させません!」

     今までに無いほど高火力で放たれたフォスフラムの炎が、檻とさくらの鎖を一気に灼き切る。

     ゼクス使いとそのパートナーゼクス全員が、“束縛”から逃れることに成功した。

    「そんな……!? なんで? 違う。違う違う違う違う違う違う! こんなのおかしいじゃない! だって私は、私がママなのに! 子供たちが反抗するはずないのに!」

     先ほどまでの圧倒的優位が一転。全員が鎖と檻から逃れてしまい、デストラは崩れ落ちて狂乱した。

     再び大剣をかざそうとするも、精神の乱れが影響している故か権能が上手く行使できない。

    「からくりは見えたわね。狙いはあの剣よ。準備はいい?」

    「指図されるまでもねェよ。全力で飛ばすぜ。てめェこそついてこれンだろうなァ!」

     綾瀬とズィーガーは、あの剣がデストラの能力の媒介になっていることを看破していた。

     言葉には出さず、ちらりとさくらに視線を向ける。覚醒しつつある大天使の権能が、言外の要求を見抜く。

    「分かってる。処理は私たちってことだね。任せて、綾瀬ちゃん!」

    「そういうことでしたら……。私の炎の出番ですね。跡形もなく焼き尽くしましょう」

    「うん! 八千代と考えた必殺技、いま使おう!」

     ユニゾン・ドライブしたままのさくらとフォスフラムは、綾瀬たちがつくるつもりであろう機を窺う。

     ほのめには何も伝えられなかったが、彼女もまた〝とりあえず剣を狙う〟という方針は察していた。

     迦陵頻伽の超音波で後方から支援しようと、一歩退く。

    「でしたら、びんがは後ろから……。ちょっとびんが!?」

     ……退いたつもりだったが、なぜかその足は走り始めていた。

     ユニゾン・ドライブしている迦陵頻伽が、一目散にデストラの方へ飛んだからだ。

    「どこ行くつもりですの!?」

    「ママのこと思い出したらムカついてきた。あいつに一回くらい、頭突きしてやんないと気が済まないし!」

    「お待ちなさいの! いま頭突きするとアタシまで……!」

     “束縛”を焼き切るフォスフラムの炎を見て、迦陵頻伽が思い出したのは過去の記憶。

     蝶ヶ崎博士を失いかけた日のことが蘇り、デストラに投げかけられた言葉がさらに許せなくなっていた。

     自分の運命を察したほのめが止めようとするも、時すでに遅し。

     突然のことに反応できなかったデストラの頭に、迦陵頻伽とほのめのクロス頭突きがヒットする。

    「いっっだい!?」

    「あなたたち、なんてことをするの……!?」

     頭を押さえながら、大剣を杖に立ち上がろうとするデストラ。

     そこに黒い影が割り込んだ。

    「てめェら、意外とやるじゃねェか!」

    「これで終わりよ!」

    「うぐっ……!?」

     ユニゾン・ドライブしたズィーガーの爪撃が、デストラの手から大剣を弾き飛ばす。

     勢いよく吹き飛んだ剣を取り返そうとするも、その先にはフォスフラムとさくらが居た。

    「フォスフラムちゃん、さくらちゃん! ママの大切なものなの。返してちょうだい。お願いだから!」

    「今だよ、フォスフラム! 最大火力でお願い!」

    「待って、ダメよ! 返しなさい! 言うことを聞いて! 聞きなさい!」

    「いいえ、聞きません。ミリオネア・ネメシス!」

     フォスフラムの劫火が、剣を呑み込んだ。

     デストラは必死に立ち上がり、炎の傍に駆け寄る。正気を失った彼女ですら、もうどうにも出来ないことを即座に理解するほど、“束縛”の大剣は無残に焼け焦げていった。

    「あ……。ああ……。そんな、私の“束縛”が……。ユークトゥルスちゃんからのプレゼントが……」

    「それで、他に手札はあるのかしら? 無いのなら、あなたの……」

    「…………どうして?」

     再び膝から崩れ落ちたデストラが、綾瀬の言葉を遮るように呟く。

    「どうして? どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?」

    「ひっ……」

    「ただ心配してるだけなのに。守ってあげようとしてるのに。どうして反抗するの? あなたたちを想う気持ちを、なんでわかってくれないのよッ!?」

    「さくら、耳を塞いでください」

     声を荒げ、髪を振り乱しながら、デストラは幾度も地面を殴りつける。白い手袋には血が滲み始めていたが、痛みを感じていないのか、全く意に介する様子はない。

     怯えながら袖を掴んだ迦陵頻伽をほのめが抱きしめ、フォスフラムはさくらの目を手で覆う。

     綾瀬とズィーガーだけは、再度の激昂と強襲を警戒し、臨戦態勢を解かずにいた。

    「酷い酷い酷い酷い酷い! 私がママじゃないとか! 酷い言葉ばっかり言う! どうして否定するの!? なんで!? どうしてわからないのッ……! もういい! 大ッ嫌いよ、あなたたちみたいなわからず屋なんか!」

    「……マジにイカれてやがンな……」

     デストラは、いよいよ子供のように泣き叫び始める。ほのめも、迦陵頻伽も、さくらも、フォスフラムも、綾瀬も、さすがに言葉を失った。気まずい空気の中、ズィーガーの呟きだけが嫌に響いてしまったが、幸運なことにデストラには聞こえていないらしい。

     明らかに正気ではない彼女の処遇をどうするべきか。

     全員が悩み始めたその時、どこからともなく男の声が響く。

    『そこまでにしておこうか、マム』

    「この風、さっきの……!」

    「私たちを分断した者、ですね。姿を現しなさい!」

     全員、聞き覚えがあった。

     つい先ほどゼクス使いたちの前に現れ、転移させた謎の男〝ユークトゥルス〟の声に他ならない。

     しかしその姿はどこにも見えない。さくらとフォスフラムが全神経を集中させても、何の気配もなかった。

    『聞き分けの悪い子供たちは、一度頭を冷やさせるべきだ。帰っておいで』

    「ユークトゥルスちゃん……。ああ、あなたはこんなに物分かりがいいのに! あの子たちとは大違い!」

    『無論、全て見ていたよ。可哀想だったね……。さあ、話は帰って来てから聞こうじゃないか』

     さくらたちをあっさりと無視し、ユークトゥルスはデストラにだけ語り掛ける。

    「聞いてちょうだい、ユークトゥルスちゃん! ひどいのよ、あの子たち!」

     構わず話し続けようとしたデストラの周囲に、緑のリソースに似たエネルギーが渦巻く。

     静点星ふたりが強制送還された時と同じだった。

    「チッ……。逃げンぞアイツ!」

     追撃するズィーガーの爪は、届かない。

     泣き喚きながら、デストラは忽然と姿を消した。

    「彼女……、あの男の仲間だったのね」

    「とりあえずは助かった、ということでいいんですの?」

     僅かながら得られた情報に納得する綾瀬と、迦陵頻伽を抱きしめたまま、不安げに周囲を見回すほのめ。

     迦陵頻伽はハッとすると、〝も、もういいから! 離せし!〟とほのめの腕の中でじたばたした。

    「でも、まだ嫌な風が吹いてる……。早くみんなと合流しよう!」

     さくらが言うと同時。全員のリング・デバイスが、なんらかの音声を受信した。ほとんどノイズだったが、微かに青年の声が混ざっている。すぐに通信は途絶えたものの、ほのめだけはそれが誰の声か分かった。

    「今の声! アタシには分かりますわ。間違いなく黒崎神門でしたの!」

    「リング・デバイスの通信機能は、使えなくなっていたようでしたが……。復旧したのかもしれませんね」

    「それなら……!」

     何気ないフォスフラムの発言に顔を輝かせたさくらが、リング・デバイスのレーダー機能を起動する。

     探知できたと思ったら反応が消えてしまったりと、まだ調子が悪そうではあったものの、何度めかの探知でようやく明確な反応を複数確認できた。詳細な位置は不明瞭だが、3人分の反応が3つと、ひとり分の反応がひとつ。足せばぴったり10名分。闇の風を感じたさくらは、八千代たち後発隊も到着していることを確信した。

     ……なお、この確信はさくらの思い込みではない。同じくシゴ星界に飛ばされたバシリカ・トゥーム軍のリング・デバイスは魔王の爆雷に、フォルセティの子供たち3名のリング・デバイスは富士御崎学園のセキュリティによって位置情報の取得が妨害されている。

    「八千代……! 到着してたんだね!」

    「誰が誰と居るかまでは分からない、か……。あいつはひとりでもなんとかできるでしょうけど。八千代は無事かしら? 誰かと同行していればいいんだけれど」

    「もしひとりだったら大変……! 聞こえる、八千代!? さくらだよ! 私たちが今居る座標は……」

     逸る心のまま、さくらはリング・デバイスに向けて声を張り上げる。

     ほのめと迦陵頻伽は上柚木の部外者。焦るさくらたちを遠巻きに眺めていたが、ふと迦陵頻伽の中で八千代という名前と、とある少女の顔が一致する。

    「あ、思い出したし。八千代って、バシリカ・トゥームの代表の? 姉妹だったんだ。言われたら顔、似てるかも」

    「アタシも弟を持つ身。心配する気持ちはよくわかりますわ。早く迎えに行ってあげますの」

    「同感。姉妹と離れ離れになるって……すごく辛いし。よし、行こうほのめ!」

     パートナーを引っ張り、あるいはパートナーに引きずられながら、5人と1匹は〝試される大地〟へと踏み出した。

VS “歪曲”の執行者 ファルーダ

 各務原あづみ、天王寺飛鳥、青葉千歳の3人とそのパートナーたちは、ユークトゥルスの手で本隊から分断されたのち、ファルーダと名乗る少女と対峙していた。

 人懐っこく馴れ馴れしいファルーダに流されそうになった一行だったが、フィエリテがその違和感を看破。

 〝自分の仲間がそちら側の人間にひどいことをされた〟と豹変したファルーダは、杖を構えるが――

 突然、その杖が下ろされた。

「……なーんて、カッコつけて言ったけども。あーしさ~、ケンカするのも見るのも好きじゃないんよね。平和的に解決せん?」

 ファルーダは杖こそ手放さないものの、両手を上げる。

 敵意の無さを示すような振る舞いに、千歳は警戒を続けたまま問いかけた。

「それは……。話し合いの余地があるってことでいい?」

「そゆこと! ちーたゃかしこくてカワイイね♡ いっぱいお話ししようね♡」

「なんて?」

「ち、ちーた……? 面妖な発音にござるな……」

「独特な語彙ですね。真面目に聞いていると、今後の日常会話に支障をきたしそうです」

 軽薄なファルーダの発言は、何かとツッコミどころが多い。

 千歳、龍膽、フィエリテがそれぞれ困惑や呆れを見せる中、リゲルの背に隠されていたあづみが前へ出た。

「あづみ!? 罠に違いないわ。危険よ、下がって!」

「罠かもしれないのはわかってる。それでも、話し合えるなら話し合ってみたいの」

「でも……」

 内気な性格のあづみだが、こういう時の意志は極めて堅い。

 真っすぐな視線を向けられ、リゲルはやむなく折れた。溜息をつきながら、あづみの肩に手を置く。

「……わかった。どうしても、あなたがそうしたいのなら。でも、向こうが不審な動きを見せたら、その時は……構わないわね?」

「ありがとう、リゲル!」

「待った! あづみひとりに任せはしないよ。あたしだって、話し合いの余地があるなら平和的に解決したいもん。龍膽、いいね?」

「拙者もリゲル殿に同じく、でござるな。無論構わぬが、千歳殿と仲間たちの安全を最優先するでござるよ」

「いいねいいねぇ。過保護な相棒に守られるのもてぇてぇよね~。あーしとシニたんもこうなりたーい!」

 パートナーの安全を気遣うリゲルと龍膽の姿を見るファルーダは、なぜか満足気に腕組みをした。

 乗り遅れた飛鳥だけが、ひとり慌てる。

「あかーん! 女の子たちばっかり前立たせて、僕の男が廃るわ!」

「待ちなさい飛鳥。旧時間軸の記憶に、彼女……ファルーダの姿はありません。どのような脅威かわからない以上、私たちは出方を窺うべきです」

「そんなん言われても……」

「何もしないとは言っていません」

 フィエリテが、ファルーダとあづみたちの間に防御結界を展開した。

「おおっ、さすがフィエリテはん!」

「フィエリテ殿の術でござったか! 危うく抜刀しかけたでござるよ」

「むっ。あーしもしかして、檻の中の珍獣扱い~? いーけどね。慣れてるしっ」

 結界を杖でこつこつ叩くも、突破しようと攻撃に転じる様子はない。

 あづみはしばしファルーダの行動を見ていたが、リゲルと顔を見合わせて頷くと、ゆっくりと口を開いた。

「……じゃあ、ファルーダさん。聞いてもいいかな。わたしたちのこと、〝悪いやつ〟と〝ひどいことしたやつの仲間〟って言ってたよね。それはどういうこと?」

「真面目な顔のあづぴもかわちい~! なんか目覚めそうかも!」

 きゃっきゃとはしゃいでいたファルーダの表情が、ふと引き締まる。

「そだね。説明全然してないもん、ワケわかんないよね。……んーと、そうね~。まずここが〝シゴ星界〟っていうのはわかるかにゃ?」

「うん。知ってるよ。わたしたちを呼んだ通信でも言ってたから」

「さすがにそっか。んじゃ、エルピスさまのことも知ってるっしょ?」

「いや……。その名前は初耳だ」

 しかし、返された千歳の一言が想定外だったらしい。

 それまで真面目だったファルーダの表情は、一気に崩れた。

「あっ、えっ!? ユーさん言ってないん!? うわー……。そういうとこあるよね、あの人。大事なことは言わないっていうかさ? イイ性格してるっていうか。まあいーや。あーしは優しいので教えてあげよう!」

 口を挟む間も与えずに自己完結したファルーダは、人差し指を立てる。

「エルピスさまは、シゴ星界の女王様だよ。あーしはその女王様のフレンズ兼部下やってんの。だからみんなから見てあーしは敵だろうけど、こっち視点じゃキミたちの方が敵なんよね~」

「へぇ? 敵ね。立ち位置が明確になったのは有難い話だわ」

「ねぇそれやめれる!? 結界越しでも怖いってば!」

「リゲル、落ち着いて! まだ話し合ってるんだよ?」

 敵だと明言され、元より強く警戒していたリゲルは敵意を隠さない。武装に手をかけたのを見て、ファルーダが大げさに後ずさりした。

 あづみがたしなめ、渋々その手が下ろされる。

「ひぇ~、怖かった~。……とりま、話続けるね。なんで〝ひどいことしたやつの仲間〟かって言うと、あーしのフレンズ兼ママ兼同僚が、すでにキミたちのお仲間に武器壊されてメンブレしちゃってんだ。そうなると、好きピらぶちゅなあーしとしては、お返ししなきゃいけないのさ」

「フレンズ兼ママ兼同僚ってどういうこと……? すごく複雑な家庭環境なの?」

「いや? ママはみんなのママだよ?」

 ファルーダの回答に、千歳は〝ワケわかんなすぎて頭痛がしてきた……〟とこめかみを押さえた。

「もしや……。お仲間と言うのは、別に分断された綾瀬たちのことでしょうか」

「そうやとしたら、僕にとっては朗報やけど……。わからんな。黒崎さんの可能性もあるやろうし」

「綾瀬? って人かは知らんけど。女の子5人とでっかいねこちゃん1匹って聞いたよ? キミたちのお仲間っしょ~? あーしら、シゴ星界から来る勇者たちを分断するから戦えー! って指示されてるもん! ……およ? これ言ってよかったっけ?」

「だ、大丈夫なのかな……。とにかく、ファルーダさんがわたしたちと戦わなきゃいけない理由はわかったよ」

「よかった~。でもね、戦いたくないってのはホントだよ。復讐は復讐しか生まないもん。てなわけで、こっからが相談ね?」

 果たしてどんな無茶苦茶な条件を提示されるのか。主にリゲルと龍膽の間に緊張が走る。

 全員の内心など露知らず、ファルーダはあっけらかんと告げた。

「あづぴとちーたゃが、あーしと一緒に来てくれるなら、残りのメンバーは見逃してあげよう! どーよ?」

「……へ?」

「なんでそうなった!?」

 意味が分からずぽかんとするあづみと、勢いよくツッコミを入れる千歳。

 先ほどまでの緊迫した空気はどこへやら。妙な雰囲気になったあづみたちへ向け、ファルーダはなぜかドヤ顔をしながら説明する。

「ちゃんと理由、あっから! まずそこのサムライのおにーさんと金髪さん。ふたりのこと超大事にしてるよね。目に入れても痛くないくらい。だから引き離したらお仕置きになるじゃんね?」

「それは……否定できないな。特にあづみと引き離されたリゲルがどうなるかは、正直想像したくない……」

「千歳さん?」

 これまでの光景を思い出し、千歳は遠い目をした。あづみが絡んだ際のリゲルの気迫を、千歳たちは〝よく知って〟いる。心外と言いたげなリゲルもまた、その言葉を否定できない。

 さらに旧時間軸の記憶がある飛鳥とフィエリテも、千歳の言葉に同調するように頷く。

「で! あーしはこのふたり、カワイイから欲しいわけ。あづぴもちーたゃも、シニたんと並ぶだけで優勝確定間違いナシの超逸材。シゴ星界に舞い降りた奇跡だもん! あ、もちろん絶対傷つけたりはしないよ? むしろつらくてキツ~いシゴ星界の環境から、あーしが全力で守ったげる。それに〝捕虜〟がふたり居れば、ちゃんと見逃さずに戦ってきたって言い張れるし? ほらWin-Win!」

「言い分はわかったわ。話し合いは無用ということね」

「なんで!? あーし、好きピは超超超大事にするって! てかガチ恋対象はシニたんだけだし! それ以外の好きピは同担大歓迎だから、反省したら会いに来たっていいよ? あづぴかわちいトークしよ?」

「するわけないでしょう!?」

 ファルーダの話術には呑まれず、高速であづみを背に隠すリゲル。

 龍膽もまた、千歳の前に立ちはだかる。

「お主が譲歩していることは伝わるでござるが……。拙者たちには到底呑めぬ」

「そうだね。あたしとあづみはモノじゃない。帰る場所もある。悪いけど、その提案はお断りだ」

「うひゃ~! 毅然としたちーたゃ、カッコよくて超カワイイ! 最高!」

 千歳とあづみが何をしても、ファルーダはひとり黄色い歓声を上げる。

 一方、ここまでの話に一切名前が出なかった飛鳥は、若干気まずい面持ちで自分を指さした。

「ていうか、あのー……。僕らって忘れられとる?」

「おにーさんと天使さんは、どっちもあーしのカワイイレーダー外だからさ……。なんか……ごめんね?」

「一切私怨などではありませんが、交渉は決裂しました。リゲルさん!」

「ええ、やりましょう!」

「どわ~~~!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!!!」

 フィエリテの防御結界が解かれ、代わりに衝撃波が放たれる。

 それに乗じたリゲルが肉薄し、峰打ちのかたちでファルーダの腕に剣を叩きつけた。

 ……叩きつけたはずだが、その手ごたえがない。異様な感覚に、リゲルは咄嗟に後ろに飛びのく。

 無傷のファルーダを視認したフィエリテも首を傾げた。

「!? 今のは……何?」

「確実に当てたはずでしたが。途中から妙な軌道に転じていました。何をしたのですか?」

 リゲルもフィエリテも、歴戦の経験を積んだゼクスだ。本来なら無傷で済むはずがない。

 ふたりの疑問にファルーダは答えず、代わりに突き付けるように杖を構えた。

「ほらぁ! でっかいと怖いし危ないしでいいことないんだって! も~、しょうがないにゃあ! 作戦その2!」

「何をする気? あづみに手は出させない!」

「飛鳥、千歳さん! 下がってください!」

 ゼクス使いたちに突き付けるように、杖を構えたファルーダ。

 あづみへの攻撃を警戒したリゲルは、即座にあづみを抱えて大きく飛びのいた。

 同時に、フィエリテが再度防御結界を展開する。防御結界の内側で、龍膽は千歳の盾にならんと構えた。

「いっぱい連れて帰るとシニたんジェラっちゃうかもだから、やらないつもりだったけど~……。あづぴとちーたゃ以外み~んなカワイくな~れ☆」

 気の抜けるようなファルーダの掛け声と共に、杖の先からパステルレインボーの怪光線が放たれる。

「私の結界が……!?」

「眩しっ! 目が開かーん!」

 光線はフィエリテの防御結界を歪めて貫通し、パートナーを庇う龍膽とフィエリテに直撃した。

 あづみを最優先して後退していたリゲルだけが、ゼクスたちの中で唯一難を逃れることに成功する。

 やがて残光が消え、視界を奪われていた全員が、どこか違和感を覚えながら瞼を開くと――

「いまの珍妙な光は一体……。む? 千歳殿と目線が……?」

「なっ……、龍膽……でいいんだよね……?」

「フィエリテはんが可愛らしくなってもうた!?」

「まるでいままでは可愛くなかったかのような言い方ですね?」

「そんなん言うとる場合やないで!?」

 龍膽とフィエリテが、小さくなっていた。

 目線の高さがほぼ同じになった龍膽と千歳が顔を見合わせ、飛鳥はいつもよりさらに下に視線を向ける。

 単純に身長が縮んだ……というわけではなかった。龍膽たちの容貌は見知った顔よりもずっと幼く、声も高くなっている。さらには服装までもが変わっていた。龍膽の鎧は籠手だけを残して消失。衣服も遊び盛りの少年らしい簡素なものとなり、フィエリテの服や髪には可愛らしいリボンがあしらわれている。

「きちゃ~っ!! ふたり逃しちゃったけど、カワイイパニック大成功! 最高にかわちいねえ。ビジュ天才だねえ! ユーさん、激アツなチカラあざ~っす!」

 唖然とする千歳たちをよそに、ファルーダはひとり盛大にはしゃいでいる。

 一方、怪光線の範囲外まで逃れていたリゲルとあづみは、距離をキープしながらその光景を注視していた。

「なんてことなの。あの龍膽さんが……」

「子供になっちゃってる、よね? もしリゲルまで子供になってたら、誰も戦えなくなってたかも……」

「そうね……。あの光線が、避けられる速度で良かった。でも、まだ気は抜けないわ。いまは龍膽さんたちに夢中だけれど、次の標的は取り逃した私か飛鳥さんのはず。体勢を立て直さないと」

 最悪の展開を想定し、リゲルは抱きかかえていたあづみを下ろす。

「安心して、あづみ。あれくらいの攻撃なら、何度だって避けられるから。あなたのことは守り切ってみせる」

「すごく頼もしいけど……。わたしだって守られるだけじゃないよ? わたしも、リゲルと一緒に戦えるようになったもん。ユイさんたちがくれた力で!」

 あづみの視線が、リング・デバイスに向けられる。

 シゴ星界に発つ直前、3人の竜の巫女から授けられた新たな力―― 〝ユニゾン・ドライブ〟を使えば切り抜けられるかもしれない。

 健気で前向きなあづみの発言に、リゲルは険しい表情を和らげた。

「そうか……。その手があったわね」

「それにね、ファルーダさんは本当に戦う気はないと思う。わたしと同じくらいの子供にしたいだけ、みたいだから……。あの魔法、わたしと千歳さんには使わないんじゃないかな。だから一緒に戦った方が、リゲルに手が出しにくくなるかも」

「なるほどね。一理あるわ。……なら、反撃の機会を窺いましょう。彼女、適当に見えて防御はかなり堅い。私たちふたりがかりの奇襲でも、攻撃が通せなかったもの」

 リゲルの提案に、頷くあづみ。可能な限り気配を消したふたりが様子を窺う中、ファルーダは未だデレデレとしていた。

「フィエぴはお人形さんみたいで超超超超カワイイし、りんどーくゅもキリっとしてんのにほっぺもちもちなのカワイすぎ! 帰ったらかわちいお洋服いーっぱい着せたげるね。あーしの夢だったカワイイ☆パラダイス、完成しちゃうかも!?」

「……いや、ていうか! フィエリテはんはエンジェルや。小さくされても、精神力で戻れるんやないか?」

 フィエリテの姿とファルーダの勢いに放心していた飛鳥は、ハッとしてフィエリテの華奢な肩を掴んだ。

 エンジェルは精神生命体。その外見は、多少であれば精神力で調整が効く。

 白の世界と縁深い飛鳥としても初めて見るケースではあったが、元は四大天聖に名を連ねるフィエリテの精神力であれば、もとの姿に戻せるのではないかという推測に辿り着いていた。

 しかし、フィエリテは困ったように首を横に振る。

「試みているに決まっています。……できないのです。お洋服もかえられません。さいしょから、このすがただったみたいに……!」

「フィ、フィエリテはん……? まずい、喋り方までお子様になってしもうとる!?」

 フィエリテの口調が、まるで姿に引きずられたかのように幼くなってゆく。旧時間軸からの長い付き合いでも見たことのない有様に、飛鳥は慄然とした。

 嫌な予感がした千歳も、龍膽へと向き直る。

「嘘!? ってことは……もしかして龍膽も?」

「むむ? よくわからぬが、せっしゃはだいじょーぶでござるよ?」

「ダメそう! あたしの知らない龍膽がいる!」

 きょとんと首を傾げる龍膽の話し方や振る舞いも、いつもと変わらないように見えて明らかに幼い。

 パートナーの深刻な異変に、千歳と飛鳥は頭を抱えた。

「カワイイでしょー? そういう風に“歪曲”したもん。やっぱカワイイってさ、見た目だけの話じゃないんよ。魂までカワイくなきゃね~?」

「どういうこと? 教えて、ファルーダ。“歪曲”って……。あんたのチカラは一体なに!?」

「くぅ~! 詰め寄るちーたゃ、カワイすぎて全部教えたくなっちゃうって! 待っててね? 残りふたりもカワイくなったら教えてあげる!」

「教える気はないって言いたいんだな?」

 笑顔で追撃するファルーダ。

 千歳はその胸倉を掴むような勢いで食って掛かった。

「教えるってば! 信じてよ~。あ、みんなカワイくしたら、多頭飼育崩壊しちゃいそうで不安なのかにゃ? だいじょぶだいじょぶ。あーしは責任とれる女だから、全員まとめて生涯面倒見るかんね♡」

「は、はぁ!? そういう話じゃ……」

「とりま、まずは飛鳥っちから!」

「やめて!」

「フィエリテはん!?」

 飛鳥に向け、ファルーダの杖が向けられた瞬間、フィエリテが飛鳥にしがみついた。

 先ほどの怪光線がそのまま放たれることを危惧した飛鳥は、今度こそフィエリテを庇おうとする。

 だが、またもファルーダの杖が下ろされた。

「へ……?」

「う~ん……。その位置、巻き込んじゃうんだよな~。ヘンに歪曲しすぎちゃうとカワイくなくなっちゃうかも……。フィエぴ~? ちょっとだけおにーちゃんから離れてみよっか?」

「イヤです!」

「ダメか~。かわちいね~」

「あすかをイジメないでください!」

「うんうん、イジメてないよ~? うへへへへ。あんなにキビシそうだったフィエリテおねーさんが、一生懸命お願いしてるのカワイすぎ~!」

 まるで駄々を捏ねるようなフィエリテの拒絶に、ファルーダは何故か嬉しそうな顔をする。

「えーと、りんどーくゅとちーたゃはこのままでおっけーでしょ~。飛鳥っちは一旦保留。となると……」

 にこにことしたまま、大げさなしぐさで何かを指折り数え始めた。

 どう見ても隙だらけな姿に、リゲルとあづみは顔を見合わせて頷く。

 可能な限り目立たないようにユニゾン・ドライブすると、完璧なタイミングで初撃を叩き込む。

「さっきからひっそりこっそりあづぴとイチャついてたリゲルおねーさん。カワイくなろっか?」

「!!」

 ……叩き込んだ、筈だった。

 リゲルの剣先は、ファルーダとは全く別の方向に向けられている。まるで剣筋が歪められたかのように――

「そんな……!?」

「くっ……。またこの手品に引っかかるなんて。完全に死角だったのに……!」

「あーしのカワイイレーダーは最強なんで! あづぴと一緒にいる限りは、目つぶっててもどこにいるかわかっちゃうよーん」

 ドヤ顔でふたりに告げたファルーダは、ふと唇を尖らせる。

「てか手品呼びってちょい失礼では~? 〝歪曲のケンノー〟ってかっこいい名前があんのに!」

「それは悪かったわ。権能とやらについて、もっと詳しく教えてくれる?」

「そりゃもち……。ウソウソ! 秘密で!」

 リゲルが更なる情報を引き出そうと試みるも、寸でのところでファルーダが口を噤んだ。

 しかし喋らずにはいられないのか、再びぺらぺらと喋り始める。

「てかそれ、よく見たら〝シンパシー〟じゃん!? いーなー! あーしもあづぴとシンクロした~い! ……や、待てよ~? シンパシーしてる最中に“歪曲”したら……。あれ? どうなっちゃうんだろ?」

「シンパシー……? って、なに?」

「あ、やばっ。終わってんだあーし。ま、エルピスさまが居ないとあーしは使えないから。忘れて!」

 自己完結しかけていたファルーダだったが、あづみの疑問を聞いて自身の失言に気づき、誤魔化すように杖を振るう。白く光った杖の先から放たれた光弾が、リゲルの足元すれすれを穿った。

 ユニゾン・ドライブで身体能力が上がっているリゲルたちにとって、回避するのは容易な攻撃だ。跳ねた石すら避けきったが、なぜか光弾を放った方のファルーダが顔面蒼白になっていた。

「ご、誤射ったぁ~! ごめんリゲルおねーさん! 足大丈夫!?」

「な、なんでファルーダさんがリゲルを心配してるの……!?」

「マジで攻撃する気なかったから! 振ったら出ちゃったの! それにそれにっ、せーっかくこれからカワイくなるのにケガしちゃったら可哀想だし? 何よりシンパシーしてんならあづぴも痛かろーし!」

「ご配慮どうも。けど、あなたの思う通りにはならないから。不要な心配よ!」

「うひゃ!? 危ないって! てか最初からこうすればよかったんだ。ほら、カワイイもの持って落ち着こ?」

「わわ!?」

 再度仕掛けたあづみとリゲルだったが、なにか思いついたらしいファルーダが杖を突き出すのが先だった。

 先ほどとは異なるパステルブルーの光線が放たれ、リゲルの剣に直撃する。

 気がつけば、その手にはクマのぬいぐるみがあった。青みがかった銀色のボアに、つぶらな赤い瞳。首に結ばれた青いリボンの中心には黄色い薔薇のチャームがあしらわれ、ふわふわの青いケープを着ている。どことなくあづみに似ていた。

「リゲルの剣が、ぬいぐるみになっちゃった……!」

「ちなこれ、あづぴに持たせたらめためたカワイイと思うんだけど。どう?」

「当たり前。あづみは何を持っても可愛いんだから。……そうじゃない!」

 ぬいぐるみをさりげなくウェポンクラウドに収納したリゲルは、代わりに銃を取り出す。

「無駄よ。あの剣一本だけだと思った?」

「デストラママみたいなことせんで!? しょーがない。諦めるまで何度でも“歪曲”したげるよ!」

「物量で押し切ってあげる!」

 放たれた光線により、リゲルの銃が、ところどころにプラスチックの宝石が散りばめられているおもちゃのステッキに姿を変える。動じないリゲルはステッキを地面に投げ捨てると、今度は双剣を構えた。

 ファルーダとリゲルたちが、奇妙な戦いをする一方――

 幼いパートナーゼクスを抱えた千歳と飛鳥は、焦っていた。

「リゲルの武器もいつかは尽きる。手が足りないのに……。どうしたら龍膽は戻る? どうしたらいい……!?」

「千歳どの、よんだでござるか? こまってるでござるか?」

「フィエリテはんが自力で戻れないとなると、どないすればええのかサッパリやわ……」

「わたし? わたしがなんですか、あすか!」

 困惑しているパートナーの顔を覗き込み、自分が力になれないかアピールする龍膽とフィエリテ。

 千歳は何度か唸ると、すくっと立ち上がった。

「……うん。あたしにはあれこれ考えるの、無理だ! 本人から聞き出す!」

「どこかにいくでござるか? おともするでござるよ!」

「千歳はん――」

 戦う気満々の千歳を止めなければと、飛鳥は口を開こうとする。フィエリテとリゲルでも一撃すら入れられなかった相手だ。人間である千歳はもちろんのこと、いまの精神まで幼くなった龍膽が戦えるはずもない。さらに、この状態でゼクスと力を合わせる技法を行使しても、本来の力が発揮できるかは不明瞭だ。ゼクス使いの精神や体にも、なにかしらの影響が及ばないとも限らない。

 言葉を探す飛鳥の肩を、フィエリテが小さな手で掴んで揺らした。

「あすか! あのひと、あすかもねらっていてあぶないです。わたしたちもたたかいましょう!」

「いや、でも……」

「あすかは、わたしの〝だいじ〟です。あぶなくなるの、イヤです!」

「フィエリテはん……。そうやな。女の子にそこまで言わせて、迷ってる場合やない。やるしかない!」

 実際、いま交戦中のリゲルが下されたとすれば、次に矛先が向くのは“歪曲”を逃れてしまった飛鳥になる。どこかで覚悟を決める必要があった。

 これまでの戦いでも、ぶっつけ本番だったことは数知れず。つい先日のレヴィー討滅戦だってそうだ。

 きっと、奇跡は起きる。旧時間軸の記憶を継いでいる飛鳥だからこそ、その希望が持てる。

 まずは自分がイグニッション・オーバーブーストして、影響が及ばないかを確かめよう。顔を上げた飛鳥が、リング・デバイスを掲げるが――

「イグニッション――」

「あっ! ぬいぐるみです! かわいい~」

「フィエリテはーーーーーーん!?」

 フィエリテの興味はリゲルの武器〝だった〟ぬいぐるみに向けられ、走って行ってしまう。

 飛鳥が慌てて追いかけると、困惑しきった様子の千歳と目が合う。龍膽もまた、剣を模したキラキラのおもちゃの傍にしゃがみこんでいた。リゲルの双剣が“歪曲”を受けたものだ。

「千歳どのに、にあいそうなひとふりでござるな」

「いや、あたしのことは気にしなくていいから!」

「たたかうならひつよーでござるよ?」

「うぐっ……。善意なだけにやりづらい……!」

「え~~!? 待って待って! ぬいぐるみ大好きフィエぴもかわちいけどっ! りんどーくゅ、ちーたゃ心配して武器探してあげてるってコト!? かっ……カワイイ~~~!!!! もっと見た~~い!!」

 千歳と龍膽の会話を聞いていた、ファルーダの目が輝く。

 そのまま、無差別にパステルブルーの光線を乱れ撃ちし始めた。周囲の倒木や瓦礫が、ぬいぐるみやおもちゃに姿を歪められていく。

「厄介なことを……!」

「どうしよう、隙をつくれないかな……」

 既に大半の武器をおもちゃに変えられたリゲルは歯噛みする。

 そんな中、ぬいぐるみをいくつも抱えてご機嫌なフィエリテを庇う飛鳥が口を開いた。

「正直な話……彼女、話せばわかってくれそうな気がするんやけど……。あかんわ、攻撃が激しくて近寄れん! あの杖をなんとかせんと!」

「……つ、杖ぇ?」

 唐突にファルーダの声が裏返った。その顔は、思いっきり引きつっている。

「あ。い、いや~? な、なんでもないけどね? マロち……じゃないじゃない。杖は全然弱点とかじゃないし? えーとえーと、ほら! あーし杖とかなくても魔法とか余裕で使えるよ? うんうん! 無意味だね! ヨシ!」

 視線を明後日の方向に逸らしながら、下手な口笛を吹くファルーダ。

 額には明らかな冷や汗が滲んでいる。誰がどう見ても嘘をついていた。

「ええ……? 嘘やとしたら下手すぎへんか……?」

「ギャル、ウソ、ツカナイヨ?」

「……リゲル。わたしも、ファルーダさんより杖を狙ったほうがいいと思う。たぶん、杖が無くても魔法が使えるって言うのはウソだよ」

「なんでぇ!? ウソかわかんないじゃん!?」

「さっき攻撃したときに〝誤射した〟って言ってたよね? あの時のファルーダさん、本当に焦ってたから。逆に杖が無いと魔法は使えないんじゃないかなって」

「さすがあづみね。もちろんあづみの作戦に従うわ」

「ま、待って~~! あーし、あづぴの愛の鞭なら喜んで受けるよ? シニたんにもよくシバかれるし! それもまたイイんだけどっ! だから狙うならマロちじゃなくてあーしにして! ねっ!?」

 焦り続けるファルーダから距離を置き、一撃のタイミングを窺うリゲルとあづみ。

 不利と悟ったファルーダは、自棄になって杖を縦横無尽に振り回し始めた。“歪曲”の怪光線に加え、先ほど地を抉った光弾も入り乱れる。

 回避しながら注視していたリゲルは、ファルーダの無茶苦茶な挙動に隙を見出した。光線と光弾は連続して撃てないらしく、切り替える間の数秒、攻撃が途切れるのである。

「い~や~! あーしのカワイイ☆パラダイス建国の夢は終わらせない~っ!」

「……かえって隙だらけになってくれたわね。あづみ!」

「うん!」

 パニックを起こしていたファルーダは、リゲルとあづみの接近にギリギリまで気づくことが出来なかった。

 慌てて“歪曲”しようと杖を構えるも、リゲルの刀は既に空を薙いでいる。

「あっ!? ウソ!?」

「はああああっ!」

 狙いを定めたのは、杖の先端に輝く球。

 激しい音を立てて刀が激突し、大きなヒビが入った。

「あ~~~っ!? これまずーい!」

「まだよ!」

「これ以上はダメ~っ!! って、やばっ。う、うまくコントロールできない~……っ!」

 二撃目は、再び軌道が歪む。

 しかしながら、標的とは全く違う方向に切っ先が向いた先ほどと異なり、まだファルーダに近い。

 ファルーダが“歪曲”の力を御し切れていないのは明白だった。

 はっと目を見開いたあづみが、千歳たちの方へと振り返る。

「もしかしたら……。今ならどうにかなる、かも?」

「あづみ、なにか策があるの?」

「策って言えるようなものじゃないけど……。千歳さん、飛鳥さん! わたしね、誰かに教えてもらったことがあるの。〝リング・デバイスは不可能を可能にする〟って……。だから!」

「リング・デバイスが……?」

 あづみの一言を受け、飛鳥と千歳が同時にリング・デバイスへ視線を向ける。

 応えるように、ふたりのリング・デバイスが輝きを放ち――

「「ユニゾン・ドライブ!!」」

 自然と叫んだ声が重なった。

 飛鳥とフィエリテ、千歳と龍膽の足元に紋章が現れる。

 ユニゾン・ドライブしたことで、ふたりの意識もパートナーの幼い精神に引きずられかけたが――

 だからこそ分かった。同調しているいまなら、本来のパートナーの心に想いが届くかもしれないと。

 リング・デバイスのもたらす奇跡を信じ、飛鳥と千歳は叫ぶ。

「龍膽! 千年國に凱旋して、紅姫と再会するんでしょ!? 早く戻って……来いっ!!!」

「いまのフィエリテはんも可愛らしいけども! 僕は……いつものフィエリテはんの方が、好みやーーっ!!」

「シンパシーしたって無駄だよ! フィエぴとりんどーくゅは一生カワイイまま。あーしの“歪曲”には――」

 焦りを声に滲ませたファルーダが、ふたりを妨害しようとする。

 それを遮ったのは、幼いフィエリテの声だった。

「わたし、わたしは……。いいえ、ちがいます。〝私〟は!」

 徐々にはっきりとするフィエリテの言葉に呼応するように、飛鳥のリング・デバイスが強く輝く。

歪曲を超克する意志 フィエリテ

「私は、いまの私を気に入っています。〝歪曲〟は無用です!」

 まだ身体は幼いものの、フィエリテの精神は元に戻っていた。

 無論、変化があったのは飛鳥とフィエリテだけではない。

 千歳のリング・デバイスも、眩い輝きを放ち――

歪曲を超克する意志 龍膽

「斯様に〝歪曲〟された姿では、千歳殿を守れぬ。戻してもらおう!」

 凛々しく抜刀した龍膽の口調と立ち振る舞いは、間違いなく成熟した青年のものだった。

「そんなぁ!? やだやだ、カワイくなーいー! せっかく魂までカワイくなってたのに、なんで~!? ユーさんサポセンして~!」

「まずいわ、もう武器が……。あとはお願い!」

 フィエリテと龍膽の叫びを聞き、半泣きになりながら叫ぶファルーダ。

 その一方、ファルーダに武装を“歪曲”され続けたリゲルは、自我を取り戻した仲間に後を託した。ウェポンクラウド内の武器は、全てぬいぐるみやおもちゃに姿を変えて地面に転がっており、これ以上の戦闘継続は不可能だ。

 千歳と龍膽、飛鳥とフィエリテがそれぞれ顔を見合わせる。何をすべきかは、ユニゾン・ドライブで同調したことによって言葉にせずともわかっていた。

「龍膽、その体のままでも行ける?」

「無論。一刀で断つのは武士の本分。先の失態の分、拙者が断ち斬るでござる」

「ほな、僕とフィエリテはんは龍膽はんのフォローやな」

「とんでもない姿をさらけ出す羽目になったのです。彼女のことは、数発ほどおしおききする必要がありますが……まずは反撃する術を奪わないといけませんね」

「あばばば……。こうなったら! 逃げるが勝ちっ!」

「逃がしませんよ?」

 逃走しようとしたファルーダの行く手を、堅牢な結界が塞ぐ。

 フィエリテの幼い顔には可憐な笑みが浮かんでいるが、目は全く笑っていない。

「ひぎゃー!? ヤダヤダヤダーッ!」

「武士の情け。一瞬で終わらせるでござるよ。覚悟!」

「ヘルプ! 命だけはっ! あーし、死に場所はシニたんの膝枕か腕の中って決めてんの~~~っ!!!」

 パニックを起こしたファルーダは、ギュッと目を閉じると盾にするように杖を構えてへたり込む。

 龍膽の太刀筋はいつもより軽かったものの、見事に杖だけを一刀両断した。

 破壊された杖が、一瞬凄まじい閃光を放ち――

「よっしゃ! 全部元通りになっとる!」

 “歪曲”が及んだままだった龍膽とフィエリテの姿、そしてリゲルの武器や周囲の瓦礫も元に戻っていた。

 ……しかし、戻ったものはそれだけではない。

 つい先程まで動転していたはずのファルーダが、余裕を取り戻していた。

「……なんてね! ちょい遊びすぎちゃった。んでもマロちが弱点って気づいた飛鳥っちと、りんどー氏とフィエリテおねーさんが自力で“歪曲”に勝てた敢闘賞ってコトで。今回は特別に全部リセットしたげよう!」

「……!?」

 ニカッと笑ったファルーダが、真っ二つになった杖をクルッとひと回転。まるで手品のように、ふたつに分かれた杖がくっついていた。

 なにもかもが、すっかり元通りに戻ってしまった。

「カワイイ上にすんごいでしょ。マロちはあーしオキニの杖なんだよね。エピソード聞く? 聞いちゃう? 出会いとか、名前の由来とか、このデコのこだわり部分とか――」

「結構です」

「ちぇ~。フィエリテおねーさんつれないんだ。じゃ、このバトルはあーしの勝ちってことで! ……もし、リゲルおねーさんがあーしの出方を伺うようなやり方じゃなくて、りんどー氏やフィエリテおねーさんみたいに全力でぶつかってたら……あーしはここまで余力残せなかったしマロちは討ち取れてたかもね? 実際、“歪曲のケンノー”はマロち無かったら使えんし~」

「……くっ」

「その程度でラスティニーに勝とうと思ってくれちゃ困るな~。これ、超ラッキーだかんね? たまたまあづぴとちーたゃがあーしの好みで、あーしが好きピに砂糖対応するタイプだから見逃したげるだけ。言っとくけど、相手がシニたんやママだったらこうはいってないよ。いまごろおせんべいみたいにぺっちゃんこか、鎖で繋がれて逆らうとシバかれるお人形にされてっからね?」

 核心を突かれて言葉に詰まる。あづみを守りたい一心でリゲルが攻めの姿勢に出られなかったのは事実だった。ウェポンクラウドの武器が無くなったとしても、打てる手はあったはずだ。

「んじゃ、そろそろ帰るけど。なんか聞きたいことあるかにゃ? ユーさん怒らん程度ならなんでも教えてあげよう! ちーたゃとあづぴのカワイさに免じてね!」

 あづみと千歳に名残惜し気な視線を向けつつ、ファルーダは身を起こす。聞くべきことはいくらでもあったが、ゼクス使いたちが口を開くよりも早く男の声が響いた。

『やれやれ。勝手にそんな約束をしないでくれるかい?』

「げっ。バレちったか。ま、ユーさんのことだからどっかで見てると思ってたけどね~。それじゃ推し事おしまい! 帰るんでよろ~」

『あらゆる内情をボロボロ漏らした上、この私を送迎車扱いとはね。キミの肝の据わり方には、時々恐怖さえ感じるよ』

「そり~。あーし、全部脳から直通で口に行っちゃうからさ?」

「この声……!」

 ファルーダと会話するその声が、分断される前に遭遇した男――〝ユークトゥルス〟のものだと、ほぼ全員が即座に気づく。咄嗟に龍膽とリゲルが再度武器を構え、フィエリテが防御結界を展開したが、本人が姿を現す気配はなかった。

 その代わり、緑のリソースに似たエネルギーがファルーダの周囲でバチバチと音を立てる。

 静点星たちが姿を消した時と同じ光景に、展開を察した千歳が慌てて手を伸ばした。

「待て! 聞かなきゃいけないことがまだある!」

「え~? えへへへへへ。推しぴから求められるのって……いいね! でも残念、時間切れ~。ちーたゃ、あづぴ! また遊ぼ~♡」

 ご機嫌なファルーダが、千歳の手を捕まえることはなかった。

 あづみと千歳にひらひらと手を振り、そのまま姿を消す。

「行っちゃった……」

「情報を引き出したかったところですが、間に合いませんでしたね」

「でも、フィエリテはんと龍膽はん、それにリゲルはんの武器も元に戻ってよかったわ! やっぱりフィエリテはんは、今の姿が一番魅力的やな!」

「……飛鳥にしては悪くない褒め言葉です。いいでしょう、おしおきはしないであげます」

「僕、おしおきされなあかんことしたかなぁ!?」

「あ~~~! ……うん、ほんとによかった。龍膽があのまま戻らなかったらどうしようって。正直、結構怖かったよ……」

「千歳殿……。面目次第もござらぬ。拙者が不甲斐ないばかりに……」

 さらりとした飛鳥の言葉を聞いて光輪を派手に輝かせるフィエリテと、珍しく弱みを見せた千歳に滂沱の涙を流す龍膽。

 そんな中、リゲルはひとり唇を噛みしめていた。胸中を察したあづみが、そっとその手を取る。

「リゲル、大丈夫?」

「正直に言えば……あまり大丈夫じゃないわね。全部ファルーダの言う通りだもの。私はあづみだけを優先して、杖の破壊に失敗した。いくらでもやりようはあったのにも関わらず、ね。……“歪曲”を逃れた以上、私は何があっても勝たなければならなかったのに。ファルーダの雰囲気に、本気でぶつかり合わなくても勝てると思い込んでた……」

「……だったら、わたしのせいでもあるよ。リゲルと正真正銘、一緒に戦ってたんだから。それにわたしも、ファルーダさんは安全かもしれないって思っちゃったもん。油断してたのはおんなじだよ」

「そんなことない。あづみは……」

 あづみとリゲルの会話を遮ったのは、リング・デバイスへの着信だった。ノイズの中、かすかに聞こえるのは少女の声。声の主が誰であるか唯一気づいたのは、その少女と旧時間軸から浅からぬ縁がある飛鳥とフィエリテだ。

「フィエリテはん、今のって……」

「ええ、確かにさくらさんの声でした」

「む。聞き覚えがある名前でござるな」

「さくらって、最後に来た子だよね? ……ん? ていうか飛鳥たちとあの子って、知り合いなの?」

「そういえば、気になってたんだ。飛鳥さんとフィエリテさんって、わたしたちや千歳さんたちのことも知ってるみたいだったよね」

「あづみは青の世界の親善大使。有名人だから、顔だけなら知っててもおかしくはないけれど……」

 リゲルの冷ややかな視線に、飛鳥は冷や汗が背筋を伝うのを感じた。

「確かに僕らはみんなのこと、よう知っとるけど! 決して変な意味やないで。せやから説明させて! いま僕らがおるのとは違う、別の時間軸について!」

VS “圧潰”の執行者 シニストラ

 静点星エイベルに導かれ、先発隊からは遅れてシゴ星界に到着した雷鳥超、上柚木八千代、百目鬼きさらの3人とそのパートナーゼクスたち。

 先行しているゼクス使いたちとの迅速な合流を試みるも、リング・デバイスの通信機能、レーダー機能ともに機能しておらず、あえなく失敗。

 仕方なく足で探し始めようとした途端、シニストラと名乗る謎の少女がゼクス使いたちを急襲した。

「あたしから逃げられるとでも思ってんの? バーカ!」

 自身の身長より大きなハンマーを振り回しながら、八千代たちを嘲笑うシニストラ。

 ハンマーが地面に叩きつけられる度、接地した箇所だけではなくその周囲の建物も圧し潰されている。

 不可思議な攻撃になかなか反撃に転じられないまま、全員は逃走を強いられていた。

 きさらの声が、僅かに震える。

「なんなのあの子……。もしかして、怖い物の怪……!?」

「そうね。あれも本性を曝け出した怖いヒトよ」

「気を引き締めろ。容姿に騙されるな。明確な殺意を感じる」

「タイプ・ヒューマン。ですが、データバンクに類似の情報はありません。分析を続けます」

 ヴェスパローゼが敵に軽蔑の眼差しを向け、超は仲間に注意を促した。サイクロトロンはリング・デバイスに格納されている。

「アハハ! 明確な殺意を感じる~? そんなの当たり前じゃん。殺していいって言われてんだから! あんたたちなんかソッコー始末して、いっぱいい~っぱい褒めてもらうの! まずはそこのチビ。おまえから!」

「させない!」

 ご機嫌に振るわれたハンマーがきさらを圧し潰そうと迫る。ヴェスパローゼが即座に抱えて回避してくれていなければ、そのまま潰されていただろう。怪我で済むはずがない。即ち、死ぬということ――

 あり得たかもしれない未来を想像し、初めてきさらの顔が青ざめた。

「あの子、本気できぃたちのこと殺そうとしてる……!」

 明確な悪意と殺意を同時に向けられるのは、〝現在の〟きさらにとって初めてのことだ。

 幼い頃には体罰を受けていたが、それはきさらの自我を削るためのものであり、命を奪うことが目的ではない。むしろ〝未来の取引道具〟として、生命の安全だけは絶対的に優先されていた。

 フォルセティの一員に加わったのもつい最近で、実戦経験はたったの2回。リルフィを操るTTは全方位に無差別な攻撃を繰り返していたし、アスタロトに至っては、攻撃の意志もなく“憂鬱”を振り撒いていただけ。

 慣れない感情をぶつけられ、純粋に恐怖を抱いた。

 そんなきさらの肩を、温かい手が支える。八千代の手だった。

「大丈夫よ。わたしとアルモタヘルは百戦錬磨なんだから!」

 安心させるように笑いかける八千代の手は、わずかに震えている。

「……あなたも怖がってる」

「ここっ、これはよくある武者震いよ! 全然怖がってなんかないわ!」

 いま恐ろしいのは自分だけではないのだと伝わり、きさらは少しだけ冷静になることが出来た。

「八千代は素直じゃないんだ。会ったばかりなのに分かりにくくてごめんね」

「アルモタヘル!? 年長者の威厳が掛かってるんだから、余計なこと言うんじゃないの!」

「ご、ごめんよ! ちなみに、僕もあの子、怖いから心配しないで……!」

「じゃれあうのは後にしろ……」

 危機的状況に相応しくない会話、超は溜息を漏らした。新たな同行者たちは、行方知れずとなっている怜亜や七尾、ニーナと、まったく同質の心労を感じさせる。

 その思いを知ってか知らずか、八千代が表情を引き締めた。

「超、支援お願い!」

「……。まあ、いいだろう」

「えっ!? いいの!?」

「なんでおまえが驚くんだ……」

 指示に従う姿勢を見せた超に、なぜかアルモタヘルが驚く。

 曖昧な指示ながらも超が反発しなかったのは、まだ戦闘に不慣れなきさらのメンタルをカバーした八千代の言動に、多少なりとも信頼を置いたからだ。

 フォルセティにおいて、きさらは一番の後輩な上に最年少。精神年齢は既に怜亜や七尾を凌駕しているが、だからこそ背伸びしすぎてはいないか気にかけていた。成長せざるを得なかった過去の自分が少し重なった、という極めて個人的な事情もある。

 さらに、今は本来の〝サイクロトロンに搭乗して戦う〟スタイルが封じられていた。小さな体でちょこまか動き回るシニストラと、小回りの利かない巨大ロボの相性がすこぶる悪いためだ。三神器の合体形態であるヴェイバトロンへの変形も不可能。仮に敵が複数の場合、巨大なボディが目印となり、増援の危険も高まる。

 だからこそ、自分より白兵戦に慣れているであろう八千代の指示を優先した。

「俺の〝絶界〟は、聖女結界のように全てを防御できるわけじゃない。使うつもりなら、上手く使えよ」

「……任せて!」

 ようやくいいところが見せられそうな八千代は、内心喜びをかみしめていた。

 その喜びごと圧し潰すように、轟音が響き景色が歪む。再びハンマーが振り下ろされていた。

「雑談とか余裕あるじゃん?」

「構って欲しかったのかしら?」

「は? なにその妄想キッショ。全部歪曲してくるアイツみたい。ウザい!」

 小馬鹿にしたようなシニストラの一言に対し、煽りを返したのはヴェスパローゼ。

 一触即発。油断ならないと判断した八千代は、リング・デバイスを掲げた。

「出し惜しみしてられない。新たな力を使う時ね。やるわよ、アルモタヘル!」

「う、うん!」

「深淵の窓より差し込む水晶の閃き、沈黙の漆黒を破りて此処に現出せよ――」

「「ユニゾン・ドライブッ!!」」

 完璧だった。

 新たな技法〝ユニゾン・ドライブ〟を習得したのは、シゴ星界へ出発する直前のこと。

 この短時間で、八千代は新たな決め台詞をしっかりと考案していたのである。

 しかしながら、感嘆の反応を返してくれたのはアルモタヘルだけ。敵からも味方からも100%完全にスルーされた。挫けそうになったものの、めげずにシニストラへの急撃を試みる。

 連携して立ち向かうふたりに触発され、きさらがヴェスパローゼのマントを軽く引いた。

「ろぉぜまみ。きぃもあの技、試してみていい?」

「いいわ。けど、足を引っ張るならすぐに解除するわよ。……それと、妙な前置きは要らないから」

「きぃには思いつかないから大丈夫。じゃあ……」

「「ユニゾン・ドライブ!」」

 きさらとヴェスパローゼの足元に、魔法陣が浮かび上がる。

 ふたりもまた、シニストラを迎え撃った。

「……全員が奥の手を見せるわけにはいかない。俺たちは最適のタイミングで行使する」

「Masterの意向に従います」

 一方で、超だけはユニゾン・ドライブをしない。否、出来なかった。

 搭乗せずともサイクロトロンをコントロールできるユニゾン・ドライブの使いどころは、敵が十全に力を振るっている今ではない。リング・デバイスの中のサイクロトロンに戦闘データを分析させつつ、虎視眈々と最適なタイミングを狙う。

「なにそれ。あたしたちの真似?」

 パートナーと同調して連携攻撃を繰り出す八千代ときさらたち。シニストラはその様子を見て、不愉快そうに眉間に皺を寄せ、頬を膨らませた。

 だが、すぐに気を取り直したように唇を歪める。

「ま、いいや。シニストラちゃんは寛大だからハンデってことで許してあげる。こっちは別にシンパシーしなくても余裕だけど? そっちはふたりがかりじゃないと手も足も出ないってことだもんね!」

 言うや否や、再度ハンマーが大地に打ち付けられる。乾いた地面には深い亀裂が入り、すぐ近くにあった枯れ木が潰れた。

「あわわわ……。あれに当たったら、僕たちもぺしゃんこになっちゃうよ……」

「縁起でもないこと言わない! 当たらなきゃいいのよ、当たらなきゃ!」

「な~んかザコが調子乗っててウッザ。あたしが本気出したら、秒でおまえらなんてブッ潰れるんだから!」

(……今よ!)

「えっとえっと……。逃げ場なき絶望に踊り狂え。デスペラードワルツ!」

 シニストラがハンマーを振りかぶった瞬間、八千代のテレパシーを受け取ったアルモタヘルが大きく翼を拡げる。無数の羽根が多方向から放物線を描くように、シニストラへ向かって投射された。

 隙を狙った形だが、唇を歪めたシニストラが無造作にハンマーをひと振り。たったの一撃で全てはたき落とされてしまう。地面に突き刺さった鋼鉄のカミソリ羽根は〝圧し潰された〟ようにひしゃげていた。

「そ、そんなぁ……」

「通らない、か……」

「隙狙うくらいの頭はあるんだ? えら~い♡ でもそんな攻撃、あたしに当たるわけないじゃん。バーカ!」

 ドヤ顔で親指を下に向けたシニストラの背後に、アルモタヘルではない、鳥のようなものが迫っている。それはきさらが陰陽術で操る形代。顔に張り付かせ、視界を奪うつもりだった。

 目的を察した超が、間髪入れずにイグニッション・オーバーブーストすると真正面から剣を構えて疾る。

 変則的なクロスファイアに、慢心した様子のシニストラは気が付いていないかと思われたが――

「はい無駄~」

 シニストラが軽くハンマーの頭を下げただけで、形代は地面に叩きつけられる。

 同時に、超の剣がハンマーに弾かれた。

「そんな、気づかれた……!?」

「思考は止めない。想定通りと思いなさい、きさら。次の一手を考えて」

「ぐっ……、サイクロトロンの剣でこれか。流石に重いな……」

 八千代は、シニストラと仲間を何度も見てから深呼吸した。

 悔しいが、このまま闇雲に戦っても勝てそうにない。一度戦術を整える必要がある。即断出来たのは、バシリカ・トゥームで積んだ戦闘経験のおかげだった。

「駄目ね。今のままじゃ埒が明かない。……きさら、超! 一旦退くわ!」

 まだ形を残す廃墟を見つけ、八千代はきさらと超を誘導しようとする。

 その気になれば、シニストラがそれを簡単に妨害できることは理解っていた。その上で、これまでの態度から一度は追撃をやめることに賭けた。彼女は明らかに自分たちを見下している。いつでも殺せるつもりだからこそ、さらに優位に立つためわざと猶予を与えると予想したのである。

「なに、逃げようとしてんの? 無駄なのにかわいそ~。ウケるから5分だけ待ってあげるよ! その間に遺言決めときな?」

 嘲笑したシニストラは、八千代の予想通り追撃せずにハンマーを下ろした。

 負けるわけがないと確信する、慢心が故の行動である。

 無事廃墟の陰に逃げ込んだ4人と1匹は、顔を見合わせる。

「まさか見逃すとはな……」

「そうすると思ったわ。あの子、わたしたちに負けるわけないって思ってるもの」

「こうして集まったってことは……KSKをするんだね、八千代!」

「KSK……ってなに?」

「緊急の戦術会議よ。3分で終わらせるからよく聞いて」

 当然のように飛び出た〝KSK〟という単語に困惑したきさらが、素直に疑問を口に出す。

 八千代はさらりと答え、さらに声を落とした。

「結論から言うと、狙いをあのハンマーだけに絞るわ」

「本人は攻撃せず、無力化を重視するということ? まあいいわ。きさらに嫌なものを見せたくはないし」

「そういうこと。大きいからいい的になるってのもあるけど……。まず、敵には特殊能力があると見たわ。わたしの予想じゃ、重力操作の類ね。明らかにハンマーが触れてないところまで潰れてたでしょ? 初めは風圧に巻き込まれてるのかと思ったけど、潰れ方がそうじゃなかったもの」

「なるほどな。単純な風圧じゃないと判断した理由は?」

「身内に〝風〟の理解者が居るの。炎風を纏うパートナーもね。……そ、それだけじゃなくて! バシリカ・トゥームで戦ってた頃に、アルモタヘルの技で暴風を起こしたことがあるから! ……合体技だったけど」

「ふーん。経験談なんだ? それなら信用できるね」

 さくらの話を出したことが急に恥ずかしくなり、慌てて誤魔化そうとする。

 きさらも超もさくらの存在を知らないので、特に気にせず話を流した。これ幸いとばかりに、八千代は大きく咳払いをする。

「なんにせよ、重要なのは能力の正体よりその発動方法よ。あれだけの強大な力を、何の媒介もなく振るえるとは思えない。つまり……」

「ハンマーが媒介になっていると推測できる。故にその破壊を最優先にする……というわけか」

 言いたかったことを横取りされ、八千代は密かに唇をかみしめる。

 超は年下だから、自分はリーダーだから……と自分に言い聞かせ、威厳と余裕を保ったまま頷いた。

「そ、そうよ! よくわかってるじゃない。ハンマーさえどうにかすれば、勝機はわたしたちにあるはずよ!」

 八千代の発言に、今度はヴェスパローゼが冷たい視線を向ける。

「どうにかする……ね。それは構わない。異論もないけれど。具体的な案はあるの?」

「ニーナとメインクーンが居れば、〝持ち逃げ〟出来たかもしれないけど……。きぃたちには難しそう」

「さっきは新必殺技ごとねじ伏せられちゃったよ。僕たちに出来るかなあ……」

 きさらとヴェスパローゼに混じり、さりげなく弱音を吐いたアルモタヘル。

 その首根っこを掴み、八千代は小声で言った。

(ちょっとアルモタヘル! あんたが弱気になっててどうすんのよ! わたしたちはリーダーなんだから。威厳を見せないと!)

(ご、ごめんよ八千代!)

 叱咤されたアルモタヘルは、耳をぺたんと下げて反省の意を示す。

 情けない姿のパートナーを解放し、八千代は〝とにかく!〟と仕切り直すように人差し指を立てた。

「もちろん作戦はあるわ」

「聞かせてみろ」

「わたしにはよく理解る。ああいうタイプは、プライドをへし折られるのが何よりも効くの。だから―― こっちが圧し潰しちゃえばいいのよ。圧倒的な力でね!」

 すぐ近くにいるであろうシニストラに聞かれないよう、耳打ちで作戦を伝える。

 その作戦とは、こうだった。

 まずは弁の立つヴェスパローゼときさらが、舌戦で隙を生み出す。アルモタヘルと八千代がその隙を狙って闇に紛れ強襲、あのハンマーから手を離させ、最後に超がサイクロトロンをアクティベートし、ハンマーを踏み潰して完全破壊する。

 ヴェスパローゼときさらに舌戦を任せるというアイディアは、過去のMSKの成果だった。戦闘回避のための話術を突き詰めるうちに、逆に話術により戦闘を引き起こすことも可能であると知っていたのである。ヴェスパローゼは既にシニストラを煽っており、十分適性があるものと思えた。

 とはいえ、作戦としては突貫工事。特にヴェスパローゼと超には、作戦に穴があることを指摘されるだろう。

 その覚悟を持っていた八千代だったが―― 意外にもふたりはあっさり承諾した。

「へぇ? いいわよ。それならきさらと私の負担は少ないもの」

「悪くない作戦だ。請け負ってやる」

 八千代が返事をしようとした瞬間、隠れていた建物が唐突に崩れた。

 瓦礫と砂埃の向こう側に、ニヤニヤしたシニストラが立っている。

 内心腰が抜けそうだったが、リーダーの意地で動じていないように振る舞いつつ、シニストラに指を突き付けた。

「ちょっと! まだ5分経ってないわよ!」

「は? 素直に待つわけないじゃんバカなの? むしろちょっとでも待ってやっただけ感謝しなよ」

「そうね。〝待て〟が出来るほど、頭は良くなさそうだものね?」

「……ほんとウザい。おまえから“圧潰”してやる! 虫は虫らしく潰されてろよ!」

 早速、作戦どおり煽りにかかるヴェスパローゼ。

 シニストラは一瞬にして激昂したが、すぐににんまりと嗤った。

「ね~。秘密の作戦会議、声でっかすぎて8割聞こえてたよ? あたしのハンマーに危機感持ったのは褒めてあげる。でもさぁ、最初から本気なんて見せてるわけないじゃん! バカすぎ!」

「弱点が露呈して本気を出さざるを得なくなった、というわけか?」

「チッ……、あんたもいちいち偉そうでイラつく。男のクセにユークトゥルス様とは大違い」

 さりげなく超が加勢する。

 その背後で機を窺う八千代のことなど一切気にせず、シニストラはハンマーを振りかざした。

「あーあ。もういいや。あんたたちの相手も飽きちゃったし、冥土の土産に見せてあげるよ。あたしに本気を出させたこと、後悔しながらブッ潰れろ!」

 明らかに周囲の空気が重くなった。

 総員が退く間も与えず、ハンマーが無慈悲に振り下ろされる。その瞬間――

「う゛あっ……!?」

「へ~? そんなおもちゃ隠し持ってたんだ? ま、何が出て来ようと関係ないけどね。立ち上がれないでしょ? ざまぁ!」

 凄まじい重力が、全員を襲った。立っていられず、地面に叩きつけられる。

 行使された“圧潰”の影響かイグニッション・オーバーブーストが解除され、強制的にアクティベートされたサイクロトロンが超を庇うように膝をつく。

「……っ、ここまで力が強い……のは、予想外っ……、だったわ……」

「グゲェ……。羽根一本も、動かないよ……」

「立ち……上がれない……っ。まみ、ろぉぜまみ……!」

「きさら、だけでも……!」

「アハハハハハッ! 超絶いい気味! あんなイキってた奴らがみ~んな無様にひれ伏して、最高の気分! ユークトゥルス様、素敵な力をありがとうございますっ!」

 なんとか逃れようとするが、まだ華奢な子供たちには声を出すのが精一杯。

 人間よりは圧倒的に力の強いゼクスたちでも、頭すら上げられなかった。

「エマージェンシー。エマージェンシー。機体への負荷が許容値を超過」

「くっ……。何故キャプチャーが出来ない……!?」

 せめてとリング・デバイスをかざすが、キャプチャーが出来ない。リソースの流れすら、シニストラの能力に圧し潰され妨害されているらしい。

 サイクロトロンの強靭なボディが、ぎしぎしと軋み始める。

「抵抗しても無駄無駄~! ほらほら、遺言ちゃんと決めたぁ? 今言ったら5秒くらいは覚えててあげるよ? あ、声も出ないかなぁ~?」

 手を叩いて笑いながら、わざわざしゃがみこんで全員を観察する。

 全員がもがく中、苦痛に冷や汗を滲ませた八千代がシニストラを見上げ、睨みつけた。

「う、ぐっ……。勝ったと思ってるなら……大間違い、よ……! わたしはソルジャーで……、お姉ちゃんなんだから……! 相棒と、仲間を……。妹を残して……、負けられない!」

「へー? 言うことだけはカッコいいじゃん? 死にかけの虫みたいで無様なクセに!」

 シニストラの煽りには屈さず、重力に抗いながらも必死に立ち上がろうとする。

 勇敢な八千代の姿と言葉は、隣で心折れかけていたアルモタヘルの心に勇気を灯した。

「八千代は、まだ、諦めてない……。なのに、パートナーの僕が、なんにも出来ないなんて……。そんなの……ダメだッ!」

「!! アルモタヘル、あんた……」

 叫ぶと同時、八千代のリング・デバイスが虹色に輝いた。

 ほんの少しだけ、ふたりにかかる重力が軽くなる。まだ起き上がれはしないものの、アルモタヘルの紅い瞳がシニストラに向けられる。

圧潰を超克する意志 アルモタヘル

「僕はいつも踏み躙られた。今更おまえなんかの〝圧潰〟に負けるもんか!」

 唐突に、八千代とアルモタヘルが重力から解放された。

 ふたりの周囲に現れたのはデザイアリンク。ゼクスとゼクス使いの想いが交錯した際、両者に恩恵を与える特殊なフィールド。その力が、重力を打ち消した。

 絆が、星界の理をも書き換える〝権能〟を凌駕したのである。

「……は?」

 想定外の展開に、シニストラがぽかんとする。

 精神的な揺さぶりを受けたからか、超ときさらにかかったままの重力が僅かに弱まる。

「少し、弱まったか……? 今なら抜け出せそうだ。サイクロトロン!」

圧潰を超克する意志 サイクロトロン

「私は矛にして盾。Masterが無敵であるなら私もまた無敵なのです」

 サイクロトロンの決意と共に、超のリング・デバイスが輝く。

 ひとりと一機の間に生じたデザイアリンクは、圧潰せんとするシニストラの力を跳ね除けた。

「なっ……、なによ、なんなんだよ……!」

 シニストラの顔が、見る間に赤くなっていく。

 きさらとヴェスパローゼはシニストラが動揺すればするほどかかる重力が弱まっていることに気が付いた。視線を僅かに合わせ、頷き合う。

「……なーんだ。本気なんて言ってたわりに、この程度、なんだ?」

圧潰を超克する意志 ヴェスパローゼ

「百目鬼の重圧に比べれば紙のような軽さだったわ。ねえ、きさら?」

「うゆ!」

 的確に、シニストラが苛立つような言葉で嘲笑った。

 更にリング・デバイスが輝きを放ち、重力を克服したふたりがあっさりと立ち上がる。

「は? は? ……はぁああ!? なんなの!? なんで権能使っても逃げてんの!? 何これふっざけんなよ!! チートじゃん!!!」

 全てが想定外。怒りから涙目になったシニストラは、地団駄を踏んだ。

「ウザすぎ!! ムカつくムカつくムカつく!! 許さない!! もう絶対手加減しない!! もう1回、今度はぺしゃんこにブッ潰してやる!!!!」

 怒り狂ったシニストラが無警戒にハンマーを構えた瞬間、アルモタヘルが翼を開く。

「死に……抱かれよっ!」

「ひゃうっ!?」

 アルモタヘルの飛ばした羽根が、シニストラの手にクリーンヒットした。

 衝撃で指が開き、ハンマーが吹き飛ぶ。間髪入れず、形代がシニストラの視界を遮った。

「わぷっ……、何すんの!? 最悪! 最低!」

「偉いわ、きさら。はい、捕まえた。……それじゃ。悪い物の怪にはどんなお仕置きをしようかしら」

「ウザい! 重い! 離せよっ……!」

「超!」

 焦ったシニストラがハンマーを取り戻そうと踏み出すも、その小さな体をヴェスパローゼが押さえつけた。ゼクスであるヴェスパローゼの力に生身のシニストラが敵うはずもなく、あっけなく地面に組み伏せられる。

 きさらの合図を受けた超は、リング・デバイスを装着した右手を天高く掲げる。

「上出来だ。……サイクロトロン!」

「Yes,Master」

「「Unison Drive!」」

 十数メートルほどの身長差があるふたりの足元にも、魔法陣が蒼く輝く。

「残念だが、“圧潰”するのはそっちだ」

 ヴェスパローゼの下で暴れるシニストラに一言告げると、超は右足を上げた。同時にサイクロトロンの右足も上がる。その下に自分のハンマーが転がっていることに気づいたシニストラが、拘束から逃れようともがいても遅く――

 サイクロトロンが、ハンマーを踏み潰した。

「ああああああっ!? 何やってんだよ! バカバカバカ! やめて! やめてよぉ! どけってば!」

 サイクロトロンの足の下から、無情な破壊音が響く。絶叫したシニストラは、火事場の馬鹿力でヴェスパローゼを振り払った。

 必死にサイクロトロンを殴りつけるが、青の世界の技術を惜しみなく注ぎ込まれた超合金のボディはびくともしない。

 シニストラの瞳に、みるみる涙が溜まっていく。

「どうしようどうしようどうしよう、ユークトゥルス様からもらったチカラが使えなくなっちゃう……!」

「あらあら、泣いてるの? あれだけ人を見下してたのに、随分情けない子ね」

「うっさい! なんも知らないくせに! バカ! バカバカバカ! う゛わ゛あ゛ぁぁあああああん!」

 ヴェスパローゼにとどめを刺され、幼児のように号泣するシニストラ。

 少し気まずくなったアルモタヘルが嘴を開こうとした瞬間、不意に冷たい男の声が響いた。

『……やはり敗北してしまったか。まあいい、問題ない。こうなることも予想はしていたさ』

「ち、違うんです。違うんです違うんです! ユークトゥルス様!」

「なんだあれは、自爆でもするつもりか……!?」

「緑のリソースに似てる……? けれど、質が違うわね」

 シニストラの周囲にエネルギーが渦巻いている。

 ユークトゥルスに直接遭遇していない一行にとって、それが何を起こすのか予想が出来ない。

 爆発を警戒した超が即座に判断し、ユニゾン・ドライブしたまま絶界を展開するが――

『すまなかった。私の見込み違いだったよ。キミには少し荷が重かったようだね……』

「やだやだやだ! ごめんなさい! あたしはもっと、もっとやれますから! だから――」

 エネルギーの収束と共に、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたシニストラは忽然と姿を消した。

 アルモタヘルがあんぐりと嘴を開ける。

「……き、消えちゃったよ?」

「油断しないで、アルモタヘル。透明になっただけって可能性もあり得るわ」

「大丈夫。いない……はず。少なくとも、近くに魂の気配は感じないよ」

「百目鬼が言うなら信憑性はある、か……。なら、いいだろう」

「信憑性? どうして?」

 サイクロトロンがキャプチャーされると同時、絶界も解除される。

 あっさりと納得した超の姿に、きさらの特殊能力を知らないアルモタヘルは首を傾げた。

 肩をすくめたヴェスパローゼが、理由を説明する。

「きさらには人の魂が見えるの。姿を消していても、魂の在処は隠せない。だから、視える範囲なら索敵が出来る。蜂兵を連れて来られなかった分、多少は索敵範囲も狭まっているけれど。優秀な味方がいることに感謝してほしいものね」

「魂……って、おばけのこと!? やだ!」

 バシリカ・トゥームにはバンシーを始めとする幽霊型ノスフェラトゥも所属している。多少は霊的な存在に慣れた八千代だが、見えざるモノへの恐怖を完全に克服したわけではない。そこだけ強く印象に残ってしまい、顔がさっと青ざめた。

 ヴェスパローゼを威嚇する八千代と、それを慌てて止めるアルモタヘル。緊張感のない和やかな空気を生暖かい目で眺めつつ、きさらはほんの少しだけシニストラに思いを馳せる。

 独りで自らの力を懸命に誇示して尚、プライドをへし折られ、最後には仲間らしき男の声に冷たく突き放されていた少女。

 フォルセティや今同行する八千代とアルモタヘルのような仲間の温かさを、知らないのかもしれない。

 その憐憫が、声になって漏れた。

「……なんか、あの子……。ちょっとだけ可哀想だったかも」

「おまえが同情する必要はない。ああしなければ、俺たちは今頃全員地面の染みになっていただろう。武器を壊すだけに止めたのは温情だ」

「……そうね。情けを掛けない判断も、時には必要になる。そういう判断は歴戦のソルジャーにして、頼りになる大人であるわたしに任せてくれればいいけどね!」

「魂だのおばけだのに怯えていた奴がよく言う。……大人どころかガキだな」

 わざとらしく超がため息をついた。

「なっ……。ガ、ガキじゃないわよ! わたしは14歳、この中で一番お姉さんなんだから!」

「きぃの2倍も年上なの? ……え? 冗談だよね?」

「心底素直に驚かれてるのが、余計に腹立つわね!?」

「八千代! 落ち着いて!」

「…………」

 きさらの甘さを叱咤しようとしていたヴェスパローゼは、ともに戦った者たちに気勢を削がれ、開きかけた口を閉ざした。

 思ったよりも遥かに頼りになる、仲間たちの言葉に。

 そんな中、唐突にリング・デバイスが通信を受信する。

 ノイズ交じりの中、とぎれとぎれに聞こえた声は――

『――こえる? 八千―― 私たちが――』

「今の、さくらの声だわ!」」

「よかった、通信機能が生き返ったんだね?」

「……知り合いか?」

 片割れの声を聴き逃さなかった八千代は、ぱっと顔を輝かせた。

「そうよ、今の声は先発隊の上柚木さくら。わたしの優秀な妹なんだから! ……ごほんっ。とにかく! これで合流出来るわね!」