蝶ヶ崎ほのめの超化学診療所

ほのめ

Illust. 希

[ 2015.04.01 掲載 / 2020.10.05 更新 ]

アタシの名前は蝶ヶ崎ほのめ。
遺伝子工学を専攻する女子大生ゼクス使いですの。
世界平和のために昨日も今日も明日も明後日も活動してますの。
パートナーの “びんが” と一緒に!

[ 2020.10.06 追記 ]
・極麗の絆「そんなことより」を公開。

[ 2015.07.24 追記 ]
・諸事情によりしばらく日記をさぼりますの。

LOG

2015.04 / 2015.05 / 2015.06 / 2015.07

2020.09.30 vol.ex01

極麗の絆

序文

 かつての私は「2」を嫌っていた。
 いまは「1」を憎む。
 「0」を恐れる。

 私は蝶ヶ崎ほのめ。

 遺伝子工学に身を捧げた研究者の〝記憶〟を綴る。

◆ ◆ ◆ ◆

 長年の研究が実を結び、数年が過ぎた。
 ミソスはブレイバーやギガンティックに比類する勢力として認知されている。
 認知されてしまった。

 子供の頃から夢に描いていた幻想生物は、現実のものとなった。

 私はこの技術が文明の発展に繋がると信じた。良かれと思っていた。
 夢を追うあまり、先行くあいつの背中を追うあまり、盲目的になっていた。
 いまとなっては言い訳でしかないのだけれど。

 ミソスは争いにしか使われなかった。

◆ ◆ ◆ ◆

 どこかで開発された化学兵器は人間の身体を蝕み、遺伝子を変化させた。
 体力は著しく低下し、寿命も半減。
 老衰と無縁の「マイスター」などと呼称されることもあるが、明らかな衰退だ。
 かくいう私もいつまで生きられるか分からない。

 人類は進化せねばならなかった。

 ハイドラ財団とロイガー・ダイナミクスは、新人類の創造を3つの研究機関へ命じた。
 うちひとつは日本。他の2機関同様、場所やメンバー構成など詳細は伏せられた。
 言うまでもない。北九州に存在する我が母校、九頭竜学院大学の附属施設だ。
 最初の悪夢が化学汚染だとして、次なる悪夢はここから生まれた。

 強化クローン人間「NOAH」。

 それが研究成果報告会で披露されると、状況は一変。NOAHの基礎理論が共有され――
 南アフリカの研究機関は、NOAHの性能を高めるための敵役「ギガンティック」の開発へ着手。
 中国内陸部の研究機関も、NOAHをサポートする「ミソス」開発へ方針転換を迫られる。
 幻想生物実現のチャンス到来に加え、溢れる対抗心。責任者である私はふたつ返事で承諾した。

 苛烈な切磋琢磨により、NOAH、ギガンティック、ミソスは飛躍的に研ぎ澄まされてゆく。
 実績を残せばスポンサーからさらなる融資と評価を得られる。
 研究者としての矜持を刺激された。

 私の研究機関で生まれたミソスが敵を惨殺した吉報に、歓喜。
 私の研究機関で生まれたミソスが駆逐された凶報に、舌打ち。

 はて。私はなにをしているのだろう。創りたかったのは獰猛で残虐な生物だったか。
 愛らしく人間に寄り添い、癒やしを振りまく、良き隣人じゃなかっただろうか。
 私が違和感を覚え始めた頃――

 あいつはついに完成させてしまった。
 屈強な肉体に英雄の魂を宿す「ブレイバー」を。

 各地でブレイバーやギガンティックが暴れ回っている。なぜか。
 来たるべき戦いのため、最強の人類を創り出すためだ。
 来たるべき戦い。なんのことだ。
 仮想敵に過ぎないもののため傷付け合っている。

 無論、ミソスも彼ら同様の脅威とみなされている。
 ブレイバーに付き従い、強者弱者関わらず襲いかかる。
 主にさえ牙を剥き、1になるまで戦い続ける。

 ばかばかしい。

 誰でもすぐ気付けることに、誰もが見て見ぬ振りをしている。
 高みへ昇る妄執に取り憑かれている。1を目指す私自身がそうだった。
 辿り着く先。最強の人類の誕生。すなわち、最強以外の全滅。
 最強の座へついた者もいずれ尽き果てる。約束された滅亡。0。

 破綻している。
 無慈悲な神が仕組んだシナリオとしか思えない。
 そんなものがいれば、の話だが。

 愚かな人間は核兵器をも持ち出し、地上を荒廃させた。
 仮想敵もなにもない。誰が敵なのかさえ判らないのだ。
 いや。すべてが敵なのか。

 せめて私は残りの人生を懸け、どんな争いも調停できる心優しいミソスを創ろう。
 姉妹6人の名前はすでに決まっている。共通の肩書きも。
 子供の頃に空想した、会心のネーミングだ。

 「極麗六花」

 麗しき6枚の花びらが雪の結晶を形づくるイメージ。
 6人でひとつの仲良し姉妹であってほしい。
 そんな願いが込められている。

 くそったれの世界を少しでも良くするため。下らない争乱を止めるため。
 私は生命を燃やし、生命を削り、6つの生命を創った。
 生きるには苛酷過ぎる現実からいつでも逃げられるよう、鳥の翼を与えた。

◆ ◆ ◆ ◆

 また サイレン が鳴り響いている。

 どこかでブレイバーかギガンティックが暴れているのだろう。
 鳴ったからには、差し出さなくてはならない。
 戦いへ送り出さなければならない。

◆ ◆ ◆ ◆

 ハイドラ財団とロイガー・ダイナミクスに見限られた私は、研究機関を追放された。
 代わりに資金や衣食住を提供しているのは、大陸1の大企業、鮮刀子集団。
 私の思想に賛同し、蝶ヶ崎研究所の設立融資と運営補助を名乗り出た。

 胡散臭いライバル企業の筆頭として、父から忠告されてはいたが――
 その父と弟の相次ぐ変死により、蝶ヶ崎財閥はとうの昔に没落している。
 ほかにあてはない。

 やがて極麗六花の計画は軌道に乗り、極麗五女までが誕生。
 もう少しで目標が達成される。そんな折。
 私は奴らの本性を知った。

 暴食の悪魔。

 契約時、供出の件は聞いていない。
 古典的な手口である。書かれてはいた。
 屈辱に唇を噛みながら、従うほかなかった。

 インフラを止められてしまっては、家族が路頭に迷う。
 生後間もないため生命維持カプセルから出せない極麗五女、試験管の極麗六女は生きられない。

 研究機関時代に創ったミソス「百花繚乱」も残すところあと数人。
 極麗六花が成長するまでの時間稼ぎとして、ひとりずつ送り出している。
 言い逃れはしない。生贄として差し出しているのだ。

 彼ら彼女らは戦うことを前提に設計・育成されているため、さほど疑問も抱かず戦場へ赴く。
 サバイバル能力も高い。未だ生き延びている子もいることだろう。
 それだけが、せめてもの救いだ。

 その百花繚乱を一緒に育てた研究者仲間も、蝶ヶ崎研究所へ合流してくれていたが――
 ある者はブレイバーの従者となるべく連れ去られ、ある者は戦火に巻き込まれた。
 武力のない人間に提示されるものは「服従か死か」。

 総て食い尽くされるまで搾取は続く。

 私は服従を選んだ卑怯者だ。
 愛する父と弟を奪った奴らに頭を下げている。
 研究者としても、財閥令嬢としても、誇りは失われた。
 なにが〝世界を少しでも良くするため〟か。

 偽善で欺瞞。

 世間はあいつと世羅に私を加えた遺伝子工学研究者を「三博士」と呼ぶではないか。
 戦乱の世を創り出した歴史的戦犯を暗喩する言葉だ。
 いまさら平和を願う資格なんてない。

 どこで狂ってしまったのだろう。
 私はただ夢を追っていただけなのに。

 ああ、悔しい。
 悔しい。悔しい。悔しい。失敗した。
 最後にあいつと会ったのはいつだったか。

「ふたりともいつまで不毛な争いを続けるつもりですの!?」
「俺に構うな。俺は……疲れた……。二度と会うこともあるまい」
「みかにい! 待って! 行かないで!」

 あの時、なにがなんでも止めるべきだったのだ。
 妹を復活できず、狂気へ至ったあいつを止めるべきだった。
 そうすれば、むきになった世羅の暴走も防げたはずだ。
 世界が破滅したのは私の責任だ。

 いまさら「歌」で争いを止められるだろうか。
 血気盛んな蛮族どもを止められるだろうか。
 疑問は不安となり、どうにかなりそうだ。

 でも、やるしかない。

2020.10.01 vol.ex02

極麗の絆

しあわせ

 蝶ヶ崎研究所の住人は私と六姉妹だけとなった。
 誰の手も借りずに創造した極麗六花を、私は本当の家族のように感じている。
 初期のミソスにもそれなりの情愛を注いだが、比類できるものではない。

「ママ、大変! 胡喜媚姉さんと迦陵頻伽ちゃんがケンカを始めたわ!」
「またですの? しょうのない子たちですわね」

 緊那羅に白衣の袖を引っ張られ、研究所の一室へ。
 普段、リビングとして使用している部屋だ。
 いつものように、べそをかいた迦陵頻伽が居丈高な胡喜媚を睨み付けている。

「あなたたち、今日はいったいどうしたんですの?」
「胡喜媚があたしにデコピンしたし!」
「言っとくけどね、三女が先にあたしの歌を馬鹿にしたのよ?」
「だって胡喜媚、わざとらしくコーラス外したじゃん!」
「知らないわよ。あんたが間違えたんじゃないの?」
「違うし! 悪いのは胡喜媚!」

 迦陵頻伽が雑に腕を振り回して、胡喜媚に殴りかかったが。
 軽く腕を払われ、逆にねじ上げられてしまった。

「いた! いたたっ! やめろし! 離せばかー!」
「もう……。ケンカなんてやめようよ」
「だったら緊那羅姉さんはどっちが悪いと思う? 一緒にいたなら分かるし!」
「えっ? そ、そうねえ……。どっちも悪い……かしら?」
「「はあ!?」」
「きゃっ!? ご、ごめんなさい!」

 気の弱い緊那羅はふたりの剣幕に萎縮した。
 騒ぎを聞きつけ、隣の寝室からふたりの妹がひょっこり顔を出す。

「ふあああ……。止めても無駄よ、緊那羅ねえ。胡喜媚ねえと迦陵頻伽ねえがケンカするのは機関の陰謀だもの」
「きかんのいんぼうだもの!」

 姉妹でいちばん背の高いシェリーナと、逆に最も小柄なセマルグル。
 とても仲の良いふたりは、いつも一緒に行動している。
 マイペースなシェリーナの後ろを、幼いセマルグルがついて回っている形だ。

 数日前までセマルグルの揺り籠であった生命維持カプセルは、空き部屋となった。
 末の妹が試験管から越して来る日を待っている。

 言うまでもないが、シェリーナの「機関」は架空の存在だ。
 私が研究機関を追放されたため、単語に悪印象を持っているのかもしれない。
 いずれにせよ、趣味で陰謀論を展開するシェリーナの、単なる「お約束」である。

「さもなくば黒崎博士の罠……。ぐう……。すぴー……」
「くろさきはかせのわなだもの! わーい!」
「寝ぼけた声で適当なこと言うものじゃありませんの。セマルグルはお姉ちゃんを洗面所へ連れて行ってあげて」
「はーい!」

 妹たちが立ち去り、険悪な空気だけが残された。
 そろそろあの質問が私に向けられる頃合いか。

「ママはあたしと胡喜媚、どっちが悪いと思ってるし?」

 来た。けれど、すでに脳内で事件の再現は完了していた。
 例外なく歌を得意とする六姉妹の中でも、迦陵頻伽の才能はずば抜けている。
 おそらく胡喜媚のテンポが微妙に崩れたことを、わざと間違えたと考えたのだろう。

「私は普段から、喧嘩は双方に責任があると考えていますが。今回に限っては、悪いのは迦陵頻伽ですの」
「えー!?」
「ふっふーん♪」
「なにがあっても、いきなり誰かを馬鹿にするのは良くありませんわ。言ってること、理解できますの?」
「ううー……」
「〝はい〟は?」
「……はい。分かったし。胡喜媚、ごめん」
「口先だけの謝罪じゃ足りないわ。土下座して?」
「するわけないし! もうっ! 胡喜媚なんか大っ嫌い!」

 とにかくふたりは噛み合わない。
 気の強い胡喜媚と、負けず嫌いで泣き虫な迦陵頻伽。相性は最悪だった。
 兄弟姉妹間のトラブルなどいくらでもあり得るものだが、親の立場からすれば厄介この上ない。

「胡喜媚もお姉ちゃんらしくしなさいの。迦陵頻伽は可愛い妹じゃない」
「はーい。すーみーまーせーんーでーしーたー。びーんーがーちゃーん」
「おまえがびんが言うなし! むかつく!」
「まったく……。少しは仲良く出来ないんですの?」
「だったら私からも博士に聞くわ。姉妹の誰の歌が、一番上手だと思う?」

 胡喜媚は胡喜媚で、自分の歌を馬鹿にされて傷ついたらしい。
 創られた生命体でも感情は人間のそれと変わりないのだ。難しい。

「そうですわね……。私にとってはみんな自慢の娘たちですの。胡喜媚、緊那羅、迦陵頻伽は3人で歌うと、とても綺麗なハーモニー。シェリーナとセマルグルは未熟ながら、声質が似ていて息ぴったり。3人に匹敵しますわ。それなのに、みーんな個性がある。みーんな大好き。誰が一番なんて決められませんの」
「はいはい。博士ならそう言うと思ったわ」

 不満そうな胡喜媚へ、それならばと私は得意気な表情をつくる。

「強いて言うなら私の歌が一番ですけれど!」
「それはないわね」
「それはないし」
「うっ。そんなところだけ調子合わせなくてもいいですの……」
「わ、私はママの歌も好きよ! とても個性的だもの!」
「全然フォローになってませんわ、緊那羅!」
「あっ……」

 誰からともなく笑い声がこぼれる。

「賑やかね。楽しいことでもあったのかしら」
「るぐるもおはなしするー!」

 夢に描いた仲良し六姉妹とは少しだけ違ったが。
 私はここ数年で一番の幸せを噛み締めていた。

【6】

2020.10.02 vol.ex03

極麗の絆

雪降る黄昏

 暦は秋。しかし、雪の天候が続いている。
 例年に比べて気温がやけに低いのは気のせいだろうか。
 地形を変えるほどの大規模な争乱により、刻一刻と環境が変わっているのだから、不思議はないか。

 一面の銀世界に娘たちはおおはしゃぎ。

「お夕飯ができましたの。せっかくだから、ぐーちゃんも食べてらっしゃい」
「ありがとうございます、博士。ご馳走になりますね! 戻ろっか、びんがちゃん!」
「うん、ぐーちゃん!」

 共命之鳥(ぐみょうしちょう)は私が手がけたミソスではないが、珍しく温厚な性格をしている。
 鳥のミソス同士気が合うのか、たまにこうして遊びに来ていた。
 特に迦陵頻伽と仲が良い。

 雪合戦の成績を振り返って論争する胡喜媚、緊那羅、迦陵頻伽、共命之鳥。
 雪だるまの出来が最高に良かったと報告するシェリーナとセマルグル。
 微笑ましい会話が交わされる食卓は、とても賑やかで暖かかった。

「母さん、おかわり」
「はい、どうぞ」

 シェリーナは今日も食欲旺盛だ。
 私の料理をとても気に入ってくれている。母親冥利に尽きるというもの。
 食卓を囲んでいるのは姉妹5人と、ゲストの共命之鳥、そして私の7人となる。

 ゆるやかに開発資源の供給が絶たれつつあり、試験管の極麗六女の進捗は芳しくない。
 けれど必ず成し遂げる。なぜか。あの子は希望だから。平穏に過ごす為の鍵だから。
 過酷な現実から逃れ、いつまでも仲良く暮らすための――

 家族全員で食卓を囲める日の到来を、私は心待ちにしている。

「ごちそうさまでした。シチュー美味しかったです、おばさま!」
「おばさま言うなっ! ……な~んて。どういたしまして」
「あはっ。それじゃ、わたし帰るね、びんがちゃん」
「また好きな時、いつでも遊びに来るし!」
「ひゃあ……さむっ。雪も降ってきちゃった。傘、貸してもらっていい?」
「もちろん。はい、ぐーちゃん」
「ありがと。ばいばーい!」
「ばいばーい!」

 忘れるな。穏やかな時間などまやかし。仮り初めだ。
 忘れるな。現実を――

 寒空の下、いまもどこかで誰かが傷つけ合っている。
 真っ白な雪を真っ赤な血で染め上げている。
 殺し合っている。

 覚悟はできている。

 共命之鳥が研究所を後にして、しばし。
 例の サイレン が鳴り響いた。
 何度聞いても慣れない。不安をかき立てる音階。

 ルールに背けば、生きてはいけない。

 覚悟はできていた。

 別離の瞬間が訪れる日は必ず来ると判っていた。
 六姉妹がそろわなかったのは残念だが、私は家族を差し出そう。笑顔で戦場へ送り出そう。
 なぜか。馬鹿げた争いを無くすため、この子たちを創ったのだから。

 ……そのはずだった。
 動悸が、過去に憶えのないほど激しいものとなる。

「ハァッ……ハァッ……」
「ママ? どうしたし?」

 身を引き裂かれる想い。

 サイレン の「本当の意味」を知る緊那羅も表情を強ばらせた。
 迦陵頻伽、シェリーナ、セマルグルは落ち着かない緊那羅や私の様子を、きょとんとした表情で眺めている。

 いつもと変わらぬ調子で胡喜媚が席を立った。

「私、ちょっと散歩して来るわね♪」
「待っ――」

 言い淀む。
 なぜだ。なぜ私はいま、途中で発言を止めた。
 引き留めないと確実に後悔するのに。

「こきびおねーちゃん、おそと、あぶないよ?」
「ルグルの言う通り。警報鳴ったってことは、どこかでギガンティックやブレイバーが暴れてるし。やめときなって」
「だいじょぶだいじょぶ。ちょっち様子見て来るだけ。それに、もし近くにあいつらが来てたら危ないじゃない?」
「無理して怪我でもしたら機関の思うつぼ。吹雪いたら空も飛べなくなるわ。母さんも胡喜媚ねえを止めてくれない?」

 シェリーナに水を向けられた私は、小さく呟いた。
 視線を逸らせながら。

「……暗くならないうちに帰りなさいの」
「ふむ。なるほど。聡明な母さんが良いと判断するなら、あたしたちが止める理由はないわね」
「そゆこと。私はもう子供じゃない。なんたって長女だもの。あー……そうだ、三女」
「ん?」
「さっきの雪合戦、あんたの勝ちでいいわ」
「やった! ついに負けを認めたし!」
「ふふっ。んじゃね♪」

 小さな手荷物ひとつ、胡喜媚は鼻歌交じりで研究所を出て行った。
 〝行かないで〟どころか〝行ってらっしゃい〟のひとこともかけられなかった。

 その夜。
 私は苦手なアルコールに身を任せた。

【5】

2020.10.03 vol.ex04

極麗の絆

欠けた花びら

 翌朝になっても戻らない胡喜媚を心配する娘たち。
 私は理由を説明した。するしかなかった。

 鮮刀子集団傘下の研究所は、不定期に強化生物を徴用される。
 蝶ヶ崎研究所ならばミソスを、ひとり。サイレン が鳴るごとに、ひとり。必ず、ひとり。
 熾烈な戦場へ送り出さなければならない。

 強弱は問わず。ルールは絶対。
 背けば屈強なブレイバーを差し向けられ、総てを失う。
 特例はない。

「こきびおねーちゃん、もうあえないの……?」

 セマルグルは泣き出した。

「悪いけど、ひとりにさせて」

 シェリーナは立ち去った。

「なんで知ってて止めないし! ルールがなに!? 大切な家族じゃん! なのにお酒なんか飲んで! 最悪!」

 迦陵頻伽は私を責めた。

「だって、仕方のないことだもの……」

 緊那羅は目を伏せた。

◆ ◆ ◆ ◆

「しぇりーなおねーちゃん、あそんで!」
「いま忙しいの。ごめんね」

 シェリーナは頻繁に外へ出掛けるようになった。
 怪我をして帰って来ることもある。胡喜媚を探しているのだろうか。

◆ ◆ ◆ ◆

「いただきます」

 笑顔が消えた。

 日常が、壊れ始めた。

 あるいは。あるべき形へ戻ろうとしているだけか。

 迦陵頻伽の傘も戻って来ていない。
 おそらく共命之鳥も胡喜媚同様の運命を辿ったのだろう。

「ごちそうさま」

 六姉妹全員と食卓を囲む夢は潰えた。

「緊那羅ねえ、ちょっといい?」
「しぇりーなおねーちゃん、あそんでったら!」
「いま忙しいの。ごめんね」
「またー? きんならおねーちゃんばかり、ずるい!」

 研究所へ戻って来たら戻って来たらで、シェリーナは緊那羅と話し込む。
 ほかは基本的に部屋へ閉じ籠もっている。食欲もない。私を非難しているのだろう。

「裏切り者と仲良くするリーナなんか放っとけし。あたしが上手な空の飛び方教えてあげる。行こ、ルグル!」
「……うん」
「あっ。迦陵頻伽ちゃん……」
「べーっだ!」

 迦陵頻伽と緊那羅の間には不穏な空気が漂っている。
 といっても、内気な緊那羅は困った顔で怒りを受け止めるのみ。あくまで一方的なもの。
 持て余した怒りがシェリーナへ飛び火する始末だった。

 事情を知りながら胡喜媚の旅立ちを止めなかった事実を責めているのだ。
 無論、諸悪の根源たる私とは目も合わせず、口も利いてくれない。

「あたしも部屋へ戻る。相談に乗ってくれてありがとう、緊那羅ねえ」
「慣れないうちは大変だろうけど、頑張ってね」

 シェリーナが部屋へ籠もり、私と緊那羅だけが残された。

「裏切り者、かあ……。きついね」
「緊那羅は悪くありませんの。私が不甲斐ないせいですわ。気苦労かけてしまいましたの」
「ううん。ママが一番辛かったはず。私はまだマシかな。〝いざって時が来ても絶対に止めない〟って姉さんと約束してたから。先に姉さんが出て行くってことも」
「そうだったんですのね」

 長女と次女は、私が娘の誰かに〝死地へ赴け〟と告げなくてはならない心理的負担を減らしてくれたのだ。
 よくできた娘たちである。私なんかにもったいない。本当に。

「ねえ、ママ。私たちはどうして極麗六鳥になったの? 六花じゃないの?」

 緊那羅は淡々と語る。
 普段は無口なのに、えらく饒舌なものだ。

 まるで残された時間を惜しむかのよう――

「花は散り、雪は溶け、消えて無くなるからですわ」
「そっか。だったら六鳥がいいね。鳥の翼は私たち姉妹の絆だもの。ママがくれた大切な絆。翼がある限り、きっといつでも楽しい記憶を思い出せるわ」

◆ ◆ ◆ ◆

 サイレン が鳴り響く。
 皆の視線が一斉に緊那羅へ集まった。

「私の番が来ちゃったね。あはは。……お、思ったより早かった、かな?」

 明らかなつくり笑い。
 唇の震えからも、虚勢が見て取れる。

「心配しなくても大丈夫よ。だって、わ、私……。私、ママやみんなのためなら頑張れるから! 二度と戻れないって決まったわけじゃないし! ね? ね?」

 百花繚乱と違い、極麗六鳥は好戦的ではない。
 平和を愛するよう、徹底的に争いから遠ざけた。

 その方針は間違いだった。

 緊那羅は姉妹の中でも、最も争いを嫌っている。
 けれど、そんなことはお構いなしに争いへ赴かなくてはならない。
 誰かが行かねばならない。

「ぐすっ……。笑顔でお別れって難しいわ」
「そんなの無理に決まってるし! ぐすっ……」
「迦陵頻伽ちゃん、私の為に泣いてくれるのかしら?」
「当たり前じゃん! ……あれからルグルと空飛びながら、頭冷やして、ずっと考えてた。でも、どうすればいいか、なにひとつ思いつかなかったし! あたしたち家族全員、幸せに過ごしちゃいけないの!? このままひとりずついなくなるしかないの!? だったら次は、次は……」

 迦陵頻伽が緊那羅にしがみつき、むせび泣く。
 恐怖に青ざめる迦陵頻伽にシェリーナが尋ねた。

「迦陵頻伽ねえは、まだ、みんなと離れたくないかしら?」
「離れたくないけど! 順番が来たら行くしかないじゃん! みんなのこと大好きなんだから! なのに! こんな時に、緊那羅ねえと喧嘩なんかして! ひどいこと言って! ごめんなさい!」
「いなくなっちゃうの? きんならおねーちゃんも? どーして?」
「もう決めたの。大丈夫。いつかちゃんと、いつか、帰って来るから……」
「ふええん……」

 私は抱き合って泣きじゃくる娘たちを精一杯抱きしめた。
 特に、旅立つ決意を固めた娘を。そのぬくもりを忘れぬよう、強く。

 その背中は震えていた。

「ねえ、ママ。私、帰れるわよね……? ううっ……。ママぁ……。私、死なないよねぇ。殺されちゃわないよねぇ。元気な姿で、また、みんなに会えるよねぇ……?」
「ええ。きっと」
「私、戦わないから。逃げ続けるから。毎朝毎晩、神様にお願いするから。またみんなに会えるようにって!」
「ええ。それがいいわ」
「行ってきます!」
「ええ。行ってらっしゃい!」

 緊那羅も、胡喜媚も、二度と戻らなかった。

【4】

2020.10.04 vol.ex05

極麗の絆

機関の陰謀

 事件が起きた。
 悲報ではない。吉報だ。

 家族全員、久しぶりの笑顔を見せ合っている。

「可愛い寝顔!」
「えへへ。るぐるもおねーちゃんになったよ!」
「なるほど。ユーアーベイビー。生命の輝きを感じるわ」
「いのちのかがやきをかんじるわ!」

 極麗六女が試験管から生命維持カプセルへ移された。
 私が手掛ける、最後のミソスが誕生した瞬間だ。
 背中には姉妹の証である、小さな小さな鳥の翼が。

「あれ歌おうよ! ルグルの時もみんなで歌ったし!」
「いいね。やろう」

 迦陵頻伽、シェリーナ、セマルグルと一緒におなじみの歌を合唱する。

「♪ハッピーバースデー・トゥーユー」
「♪ハッピーバースデー・トゥーユー」
「♪ハッピーバースデー・ディア…………」

 バースデーソングは鳴り響く サイレン にかき消された。
 ひとときの安息さえ許されないのか。

「かりょうびんがおねーちゃんまで、いなくなっちゃうの?」

 セマルグルが真っ先に反応を示す。
 幼いながらも、すでに法則を理解している。

「るぐる、そんなのいや!」
「私だっていや! 絶対にいや! あたし、みんなと別れたくないし! なんなのあの警報! 誰が鳴らしてるの!? どうして!? どうして!! カナリアだって生まれたのに!!」

 半狂乱となる迦陵頻伽。
 必死の訴えに、かける言葉が見つからない。

「行かなくていいと思うわ。行きたくないのなら」
「けど! 胡喜媚も緊那羅姉さんも行ったのに! あたしだけワガママ言えない! 言えるわけないし!」
「言ってもいいわ。だってあれは機関の陰謀だもの」
「そうだよ! きかんのいんぼーだもの!」

 シェリーナの発言にセマルグルが同調した。

 私にはなぜ、あのひとことが言えないのか。
 もう、ダメなのかもしれない。人として。母として。

 腐った摂理に染まりきっている。

「ねえ、ママ。ほんとにあたし……行かなくてもいいし?」
「ええ……。まあ……。そうですわね……」

 曖昧な受け答えが精一杯。
 たったのひとことを、私の口は紡ごうとしない。

「良かったあ……。だったら絶対行かないし! でもって、バカ正直に出てったふたりを連れ戻す!」

 違う。そうじゃない。
 私は〝行かなくていい〟なんて言っていない。言えなかっただけ。
 誤解しないで、迦陵頻伽。ルールに背いたら私たちは全員――

 脳裏に浮かぶ血の光景。

「誕生パーティの続きをしない? 中断したままじゃリアに気の毒よ」
「リア?」
「カナリアのこと。セマルグルがルグルなんだから、似たようなものじゃない」
「りあちゃん? りあちゃん! るぐるとおんなじ!」

 1日。
 1日だけ。
 様子を見よう。

 ルールを破ったらどうなるか。
 警告があるのか。いきなりなのか。

 判っている。考えたくないだけ。
 結論を先延ばしにしているだけ。
 現実から目を逸らせているだけ。

◆ ◆ ◆ ◆

 翌朝。

「しぇりーなおねーちゃん、おきてこないね」
「リーナは朝に弱いから。あたしたちで起こしに行くし」

 朝食の支度をしながら娘たちの会話を盗み聞く。
 遠ざかっていた日常の再来に、ほっと胸をなでおろした。
 だが、それも束の間。すぐに決断しなくてはならない。迦陵頻伽の処遇を。

「……なに、これ」

 隣室から、掠れるような、絞り出すような、声。

「かくれんぼかな?」

 慌てて駆け付ける。
 綺麗に整えられたベッドの上に残されていたもの。
 折りたたまれた手紙と、綺麗な髪飾り。

「おてがみ? なんてかいてあるの?」
「……迦陵頻伽、手紙を。私が読みますの」

『悪の機関をぶっ潰して来るわ。自慢の歌でね。心配しないで。あたしなら全然平気。だからさ、迦陵頻伽ねえはあたしの分も、みんなを守ってあげて。生まれたばかりのリアに、歌を教えてあげて。綺麗な歌を』

「な、なに言ってんの……。勝手なこと言うなし! 妹のくせに!」

『欠けた花びらをいつでも側に感じられたら。そう思ってアクセサリーをつくったの。最初だけ、緊那羅ねえにも手伝ってもらってね。でも、ごめん。あたし不器用だし、ひとつだけ。ルグルがもらってくれると嬉しい。いままであたしと遊んでくれてありがとうね。楽しかった』

 怪我をしてまで出掛けていたのは、大地が荒れ果てたいまとなっては珍しい、綺麗な草花を探すため。
 時間があれば部屋に閉じ籠もっていたのは、生花を髪飾りへ加工するため。
 仲良しのセマルグルを遠ざけていたのは、突き放すため。

 下ばかり向いていた私は、そんなことさえ気付けなかった。

「こんなのより、るぐる、いっしょがよかった……!」

 セマルグルは黒地に青い花が散りばめられたカチューシャを握りしめた。
 近頃、娘の泣き顔ばかり見ている気がする。どれだけ最低な母親なのかと思い知る。
 私はこんな苦い思いをするために、いいえ、こんな辛い思いをさせるためにあなたたちを創った訳じゃない。

『ふたりとも、あまり母さんを困らせないであげてね。えーと……。ほかに言うべきことがある気もするけど、きりがないわね。気の利いた言葉が浮かばないのも、機関の陰謀かしら。なんてね。……最後に。大好きよ、母さん……うっ……みんな……ううっ……バイバ……イ…………」

 最後の方は嗚咽まみれとなってしまった。
 シェリーナはろくでもない私を、責めてなどいなかった。

「おねーちゃん!!」
「リーナはあたしの代わりに行ったんだ……。ごめん。ごめんなさい……。なにやってんの、あたし……。みんなに謝ってばかりじゃん……。強くなるから。あたし、もっと強くなるから!」

 覚悟を決めた。今度こそ。
 逃げる覚悟ではない。立ち向かう覚悟だ。

 あまりにも遅すぎたが、辛うじて引き返せる。
 花びらは半分残っているのだから。

「迦陵頻伽、セマルグル。もちろん地下のカプセルにいるカナリアも。あなたたちは出て行かなくていいですの。これから先、どんなに警報が鳴り響こうとも。今日からは家族全員ずっと一緒ですわ! 二度と手を離しませんの!」

【3】

2020.10.05 vol.ex06

極麗の絆

協力者

 3年が過ぎた。

 ルールを破った蝶ヶ崎研究所は、案の定、攻撃対象となった。
 襲撃されるたびに知恵とささやかな武装を駆使し、立ち向かっている。
 専守防衛なら意外となんとかなるものだ。

 いつしか、あの サイレン は鳴らなくなった。
 当初こそ鮮刀子集団に目をつけられていたが、現在の敵は奴らではない。
 奴らは暴食の果てに内部崩壊で自滅した。いや。奴らに限った話ではないか。

 社会を形成していた企業は、大小問わず、すべて瓦解している。
 なぜか。生産は意味を失い、取引に意義を見いだせなくなったから。
 奪い、奪われ、全人類その日暮らし。文明レベルは底辺にまで後退した。

「おねーちゃん、そっち行ったよ!」
「任せて! 邪魔なギガンティックは尻尾巻いて帰れし。わーーーーーーーーーー!!」

 成長した迦陵頻伽は声を超音波にし、敵を撃退する術を身に付けた。
 姉より高く速く翔べるようになったセマルグルは、索敵役を立派にこなしている。

「頭突きしないの?」
「二度としない! あれすっごく痛かったし!」
「カッコよかったのになあ」
「いくら胡喜媚にデコピンで鍛えられたからって、石頭ってわけじゃないんだから!」
「がっかり」

 心強い協力者が駆け付けてくれることもあり、襲撃される頻度も目に見えて減っていた。
 屈服させるだけの価値が此処にはないと、みなされたのだろうか。
 それとも。敵の頭数が減っただけか。

「そんなことより研究所もどろ。やたら寒いし!」
「うん! さむいさむい」

 天候は変わらずの雪。
 大地や木々に降り積もり、白で覆い尽くしている。
 異常気象は雪だけではない。地域によっては水没したり、砂漠化が進行している例もあるという。

 人類の過ちにより、すべての生物が生活圏を狭められていた。

「……あれ?」
「どしたの、ルグル?」
「なんか近づいてくるよ。車かな? 雪煙でよく見えないね」
「さっそくママに報告するし!」

◆ ◆ ◆ ◆

 最初からこうすれば良かった。

 研究資材の供給は絶たれてしまったが、もはや必要ないものだ。
 家族で身体を寄せ合えば、寒さだって凌げるのだから。
 太陽電池で発電できるわずかな電力は、すべてカナリアの生命維持カプセルへ回した。

 不幸中の幸いとでも言おうか、私には特殊なチカラがある。
 物質を食材に変換してしまう不思議なチカラだ。
 そのため飢える心配だけはなかった。

 なぜこんなことが出来るのか。なぜ自分だけが出来るのか。未だ解明できず。
 世界を変えるほどの代物ではないが、言わば「超能力」であるため、秘密を打ち明けた範囲は極めて狭い。
 いまとなっては、迦陵頻伽とセマルグルくらいしか、知る者はない。

 あの世羅も、触れた機械を例外なく故障させるチカラを持っていた。
 私の同様、科学では解明できないチカラだ。

 風のうわさによれば、しばらく前に彼女は「暁十天」という最強のギガンティックを生み出したという。
 設計には少なからずコンピュータ演算も必要だろうに、よく研究者を続けられているものだと感心する。
 あの子は人脈が広いから、上手いことやっているのかもしれない。

 鉱石の恐竜に乗り、上機嫌で暴虐の限りを尽くす。
 いつまでも変わらず、少女のように、純真で、真っ直ぐな――

 想像し、頬が緩む。

◆ ◆ ◆ ◆

「お味はどうですの?」
「ふみゅっ。はかせのごはんだいすき!」

 生命維持カプセルの培養液を一時的に抜き、私はカナリアと対面している。

「カプセルの中にいる限り、栄養補給は不要なのですが。つくり過ぎてしまったので、少しだけお裾分け」
「まいにちたべたいの! これ、なあに?」
「カルボナーラ・スパゲティですわ。でも、ごめんなさい。あなたはまだ未熟だから、毎日はあげられませんの」
「がっかり」

 カナリアは会話ができるまでに成長した。
 誕生さえしてしまえば、人造生命体の成長は早い。

「ともあれ、元気そうでなによりですわ」
「りあはげんきなの。はかせやおねーちゃんたちが、やさしくしてくれるから!」
「そう。それは良かった」

 代わりに、様々な要素を馴染ませるため、培養液の中で数年を過ごさなくてはならない。
 あいつに掛かればたちまち時間短縮できるのだろうが、独力ではここらが限界。悔しいけれど。

「はやくカプセルのそとへでたいの。はかせのごはんいっぱいたべたい。おねーちゃんたちにもぺたぺたさわりたいの」
「もうすぐ出られますから、あとちょっとだけ我慢してくださいな」
「はいなの!」

 カナリアの側を離れた私は、懐中電灯片手に、機能しなくなったエスカレーターを歩いて昇る。
 途中、ドアノックを耳にした。

 先程、セマルグルから来訪者接近の報告を受けた。
 念のため迦陵頻伽と一緒に研究所内へ引っ込んでいるよう告げてある。
 ふたりはエスカレーターの上で私を待っていた。

「来ちゃった。どうするしー?」
「どんな車でしたの、セマルグル?」
「うーん。遠かったし、よく見えなかった」

 監視カメラに電力を回す余裕もなく、来訪者の正体を確かめる術はない。
 ただ、少なくとも私たちに危害を加える者でないことは〝判って〟いた。

「……ま、開けて構いませんの。おそらく彼らですわ」
「ほんと!? てことは、いつものあの車かな? わくわく!」
「ちゃんと確認しなくて大丈夫?」
「心配無用ですの。カナリアからは特になにも聞いてませんし」
「リアが?」
「お茶とお茶請けの準備をしないといけませんわね」

 迦陵頻伽とセマルグルが薄暗い客間へ客人を招き入れた。
 青年期から壮年期へ差し掛かろうかという容貌のふたり。

「邪魔するぞ」

 うちひとりは慣れた手付きで車椅子を走らせ、無遠慮に客間へ向かった。
 もう一方の、より若々しく精悍に見える方が遅れて口を開く。

「ほのめさん、また来たよ!」
「いつも気をかけてくれて感謝することしきりですわ。見返りも用意できないのに」
「いらないよ。だって僕らは正義の味方なんだから!」
「ふふ。あなたたちを見ていると、終末を一瞬だけでも忘れられますの」

 そう。彼らふたりは職業、正義の味方なのである。
 強者こそ至上とされるこの時勢では珍しい、弱者へ手を差し伸べる者。
 本名を伏せて「セイント・バード」を名乗っていた。

 ふたりはこれまでに何度も研究所の危機を救ってくれたため、人見知りしないセマルグルはもちろん、警戒心の強い迦陵頻伽でさえ、すっかり慣れている。
 まったくの偶然だが、地味に「鳥(バード)つながり」もあり、娘たちからの評価は非常に高い。

「いっそ一緒に住んでくれれば心強いのになあ。部屋なら余ってるよ!」
「可愛い女の子からのお誘いだけど、ごめんよ。そういう訳にもいかないんだ」
「そりゃそっか。正義の味方は忙しいし……」

 彼らはふたりとも私と同じ、九頭竜学院大学の出身だという。
 遺伝子工学と機械工学という専門分野の違いがあるため、直接的な面識はなかったが。
 私たちの隣を歩くセイント・レイに至っては、なんと世羅の幼馴染らしい。世間は狭い。

「いつまで無駄話をしている。時間が惜しい。早く来い」

 仏頂面のサンダーバードの元へ駆け付けたセマルグルが、臆せず馴れ馴れしく、肩を揺する。

「ねーねー! 車で来たってことは、あのカッコいい車だよね? 乗せて乗せて!」
「だめだ。子供の玩具じゃない」
「がっかり」

 セイント・レイが7段変形する水陸両用車を巧みに操縦し、搭載された様々な兵装をサンダーバードが使いこなす。
 そうして事故現場へ駆け付けたふたりは、戦闘能力の低い者や怪我人を救助していた。
 当然、弱者を排し強者の世界を目指す者からは目の敵にされている。

「あはは。悪いね。あれは僕と超専用にカスタマイズした、ふたり乗りなんだ」
「人前で本名を呼ぶな。何度も言っているだろう」
「別にいいだろ。なんなら僕のことも、いつもみたいに怜亜って呼べばいいさ」
「黙れ!」

 苦笑交じりに、私はガラクタから創り出した玉露と羊羹をふたりへ差し出し、尋ねた。

「さて。用件はなんですの?」
「おっとごめん。確かな情報がふたつあるんだ。ひとつは君たち自身のことだよ」
「ノルマを果たさなかったにも関わらず、のうのうと生き延びている蝶ヶ崎研究所を、良く思わない者がいる」
「鮮刀子集団の残党ですわね?」
「それだけじゃない。なにもかも失くした、君の同業者の妬みもある。同じ苦しみを味あわせてやろうってね」
「憎しみの連鎖……。くだらないですの」
「まったくだ」

 くだらない。
 本当にくだらない。

「にも関わらず。近頃、攻撃の手が緩んでいると感じないか?」

 私はうなずいた。
 意志を持って襲撃して来るブレイバーは滅多にいない。大半がギガンティックかミソスの単騎。
 少なくとも迦陵頻伽ひとりで撃退できる程度には、無難にあしらえている。

「奴らが興味を失くしたわけじゃない」
「蝶ヶ崎研究所の襲撃計画があるんだ」

 しばらく平穏に過ごせそうだと楽観視したのは、甘い考えだったらしい。

「早急にこの場を離れるよう、提案するよ」
「無理ですの。それだけは。まだ羽ばたけていない子がいますわ」
「おねーちゃんたちが戻って来られる場所がなくなるの、いやかも」
「みんな、生きてると、いいな……」

 3年経ってもなんら音沙汰なし。
 迦陵頻伽は姉たちの生存にやや懐疑的な立場を取っている。
 セマルグルが再会を強く望んでいるため、軽々しく口にはしないが。

 いずれにせよ、逃亡の提案は受けられない。いまは、まだ。

「せっかくですけど……」
「そっか。じゃあここで頑張ろう。僕らも可能な限り協力するよ!」
「だが、襲撃計画は同時多発らしくてな。俺らのような邪魔者の動きを鈍らせる狙いだろう。悔しいが、蝶ヶ崎研究所だけを特別扱いする訳にもいかん。理解してくれ」
「いいえ。警告だけでも大変助かりましたの」
「だけど、僕らだって指をくわえて待つばかりじゃない。マイスターギルドに掛け合って、一斉蜂起を交渉してるんだ。事が上手く運べば、ついにレジスタンスが結成される」
「実現すれば心強いですわね。……それで、もうひとつの情報とは?」
「さっきの提案に了承してもらえる前提の情報だったんだけどね。ブラックポイントのことだよ」

 ブラックポイント。

 胡喜媚、緊那羅、シェリーナがいなくなり、しばらくしてから発生した、不思議な黒いドーム。
 異世界へ通じるゲートなどという話も耳にしたが、日々を生きるのに精一杯で、詳しいことはなにも知らなかった。

「どうやらウワサは本物みたいだよ。異世界へ通じてるんだ。厳密には、過去。あっちから戻って来た人たちの証言は、だいたい一致してる。あっちでは別の異世界との接触もあるらしいね」
「別の異世界?」
「るぐる、こんがらがってきた」
「安心しろし。あたしもだから」

 迦陵頻伽とセマルグルはそろって首を傾げた。

「俺たちとは異なる発展を遂げた、並行未来からの来訪者だな。早急に異世界を潰さないと、俺たちがいまいる世界は消えてなくなる。そんな噂も流れている。もっとも、これについては出処不明。信憑性も皆無だ」
「でも、それを大義名分にして、過去へ行った人たちは喜々として戦いを挑んでるらしいよ。僕らが少数派なだけで、みんな闘争を好むからね。異世界からの来訪者も似たり寄ったりだってさ」
「カオスですわね……」
「だとしても、此処より遥かにマシだ。だから再度提案しよう。過去へ逃げろ、蝶ヶ崎ほのめ」
「なるほど。確かにそれが最善手のようですわ。それに……」

 私は娘たちの顔を交互に見た。
 ふたりともに笑顔が浮かんでいる。
 先程は渋っていたセマルグルも、心変わりしたようだ。

「行きたいですの?」
「行く! 行こうよ! ね、おねーちゃんも!」
「そうね。もしかしたら胡喜媚たち、あっちにいるのかもしんないし」
「るぐる、シェリーナおねーちゃんに会いたい! 上のおねーちゃんたちにも! ……あんまり憶えてないけど」

 当時のセマルグルはカプセルから出て間もなかった。
 特別仲の良かったシェリーナ以外をうろ覚えなのも、仕方ない。

「ただ、あと1週間。いえ、せめて5日の猶予が欲しいですの。そうすればカナリアを安全にカプセルから出せるようになりますわ!」
「提案の了承に感謝する。俺らとしても巡回地点が減るのは助かるんでな」
「そんな言い方しなくてもいいのに。素直じゃないなあ、超は」
「うるさい。……では、5日後に再び顔を出す」
「お茶とお菓子、美味しかったよ。ごちそうさま!」
「ありがとう、正義の味方セイント・バード!」
「またね!」

 明けない夜に、希望の光が差した。

 気がしていた。

◆ ◆ ◆ ◆

 数日後の出発を見越し、私たちは廃墟となった雪の街を訪れた。
 早急なカナリア解放のため、より多くの電力を確保しなくてはならない。
 化石燃料でなくてもいい。なんらかの燃焼剤が見つかれば、確実に予定を早められる。

 しかし――

「はぁ……。はぁ……。あいつら無茶苦茶!」
「るぐる、もう走れないよ……」

 運悪くブレイバーとギガンティックの戦いに巻き込まれてしまった。
 争いは日常茶飯事なのだから〝運悪く〟という表現は誤りかもしれない。
 少なくとも、未来の展望が見えて気が楽になり、油断したのは確かだ。

 不運は重なる。吹雪いてきた。
 娘たちの翼が風の抵抗を受け、思うように進めない。無論、飛行など不可能。逃げるための翼が仇になった。
 走ろうにも、降り積もる雪に足を取られてしまう。

 視界は0。

「いけない! ふたりとも伏せて!」

 吹雪をものともしない翼竜型ギガンティックのはばたき。
 吹雪以上の突風が私たちを襲った。

「おねーちゃ……ママーーーー!」
「ルグルーーーー!」

 吹き飛ばされたセマルグルの声がたちまち遠ざかる。
 私は、続けて持っていかれそうになる迦陵頻伽の腕を掴むのに精一杯だった。

「どこ!? どこ行ったし、ルグル!!」

 一瞬だけ視界が晴れた時、セマルグルの姿はどこにもなく。
 迦陵頻伽の悲痛な叫び声だけが響き渡った。

 呆気ない。
 あまりにも呆気ない結末に涙も出ない。

「……離脱しますわ」
「え……? ちょ、ダメだってば! ルグルを探さなきゃ! ずっと一緒だったんだから! 絶望のあの日から、頑張って協力して、今日まで一緒に生きてきたし!」
「あの子のことは諦めますの」
「なにバカなこと! 離してママ! どうせあたしたちなんかいくらでも創れるから、簡単にそんなこと言えるし! 嫌い嫌い! あんたなんかだいっきらい! はーなーしーてー!!」
「言うこと聞きなさいの!」
「痛っ!?」

 初めて、娘に、手を、あげてしまった。

「うぅ……うえぇん……。どうして! どうしてあたしたちばかり!? こんなのってない!!」

 泣き喚く迦陵頻伽の手を引いて、雪の中を這うようにして、研究所へ逃げ帰った。
 ただの羽ばたきがあんなにも苛烈なギガンティックに対し、涼しい顔で渡り合うブレイバー。
 どちらに追われても生命はない。

「二度と家族の手を離さないって誓ったのに……」

【2】

2020.10.06 vol.ex07

極麗の絆

そんなことより

 翌々日の深夜。あれから寝ずの作業が続いている。
 私は研究室に缶詰となり、迦陵頻伽の立ち入りを固く禁じた。

 あの時、ブレイバーと目が合った。
 基本的に研究所で籠城している私たちが、外でなんらかの活動をしていたのだ。
 奴らにとって良からぬ企みを画策中であると、勘繰られたに違いない。

 未熟なカナリアに負担をかけるが、培養液の濃度を圧縮し、予定より数日早く生命維持カプセルから解放する。
 電力エネルギーが足りないなら、私の時間と体力を削ればいい。
 しかる後、速やかにふたりを逃がす。

「ふみゅ……。るぐるちゃんがいなくなって、はかせ、こわいの」
「そーね。……おうた、歌おっか、リア」
「なの」

 迦陵頻伽とカナリアが、寂しそうに語らう声が聞こえる。

 カナリアが喋れるようになってから迦陵頻伽とセマルグルが始めた、夜の決まりごと。
 異なるのは、セマルグルの声が失われてしまったこと。その事実が私を苛立たせた。
 いつもは心安らぐ娘たちの歌声が耳に障る。

 わざと大きな音を立てて開かずの扉を開け放ち、地下へ向かって叫ぶ。

「うるさい迦陵頻伽! 作業の邪魔ですわ! カナリアも誰の為にやってると思ってるんですの!?」
「ひっ!」
「ごめんなさいなの……」

 瞬時に我に返る。
 いま、とんでもない言葉を口走らなかっただろうか。
 一瞬前の記憶にも関わらず、既にぼやけている。明らかに疲れていた。

「ごほっ」

 疲労を意識した途端、吐血。
 衰退した人間の寿命は40~50年と目されている。
 加えて、私はここ数年、身体に負担をかけ過ぎた。

 永くはないだろう。

「どうかしてますわ」

 頭を振り、雑念を払った。

「……気にせず歌ってて構いませんの。ただし、夜ふかしはほどほどに」

 焦るな。まだいくらか猶予はある。
 カナリアには漠然とだが、危険を察知する能力が備わっているのだから。
 研究所が襲撃を受けるような事態に見舞われる前に、必ず教えてくれる。

 すんでのところで理性を取り戻した私は、引き続き作業に没頭した。

◆ ◆ ◆ ◆

 正午過ぎ。

 研究所は炎に包まれた。

「迦陵頻伽! びんが! どこですの!?」

 カナリアは襲撃を感知できなかった。
 朝方まで話し声や歌声が聴こえていたような気がする。
 だとすれば、疲れて眠っているのだろう。

 その利便性から、決して敵に知られる訳にはいかないカナリアの能力。
 外に漏れる可能性を危ぶみ、迦陵頻伽にさえ秘密にしていた。
 言いつけを破って夜ふかししたふたりに責はない。

「あたしはここ! 良かった、会えた! とっととカナリアを助けに行くし!」
「……話がありますの。落ち着いて、よく聞いて」

 責めるべきは私。
 ふたりの寂しさを埋められなかった、私の責任だ。

 だから。

 可愛い娘に〝殺せ〟と告げた。

「無理! そんなの、あたしひとりじゃ、絶対できないし!」
「ひとりじゃありませんの。過去の私が、きっと、優しくしてくれますわ」
「だったら、ママも一緒に来てくれれば……」
「私は残りますわ。残る責任がありますの。ブレイバーやギガンティックを少しでも倒さなければなりませんもの」
「それならあたしも、最後までママと一緒に戦う! 並行世界なんてどうでもいいし!」

 迦陵頻伽は涙ながらに訴えた。
 成長したセマルグルが我慢強くなった分、相対的に姉の泣き虫が目立つ。
 絶体絶命の窮地にも関わらず、笑みがこぼれた。

 目的を告げ、理由を話し、諭すように説得する。

「聞き分けてくださいの。ブラックポイントがいつまで開いているか分からない以上、迷ってる余地はありませんわ。こんな世界、二度と生み出しちゃいけませんのよ? もう、あなたしかいませんの。私はこちらに残って〝極麗六鳥〟と共に、力なき人々を守り抜きますわ。それが私にできる、唯一の償いですの」
「あたしだって〝極麗六鳥〟。なんで、他人みたいな言い方……」

 迦陵頻伽の頭にぽんぽんと叩く。
 この子にとって、もっと厳しい要求をしなければならない。

「以後、あなたが極麗六鳥を名乗ることを禁じます。蝶ヶ崎ほのめの娘と悟られないよう努めることが最優先。極麗六鳥は私と一緒に戦う4人のみ、ということですわ」
「姉さんたちがどこにいるのか、生きてるかさえ分からないのに、なに言ってるし……? ごほごほっ。煙が酷くなってきた。早く逃げないと……」

 不意に瓦礫が崩れ始め、地下へ至るエスカレーターが塞がれてゆく。
 一瞬、首から背中にかけて激痛が走った。

「そんな!? や、やだ! カナリアが生き埋めになっちゃう!」
「…………」
「ママ? ママ! なにぼーっとしてるし!? どうしたのママ? 返事して!!」

 崩れる瓦礫から娘を護ろうと身を投げだした。背中を打ち付け、焼かれたのか。
 なおも降り注ぐ瓦礫を押しのけ、足元に座り込む迦陵頻伽の無事を確認する。

 確認?

 愛おしいその姿が、すうっとホワイトアウトしてゆく。視力が失われた。
 脊髄や脳髄、神経系をやられてしまったのかもしれない。
 迷っている猶予はなかった。

「……迦陵頻伽」
「なに? なんでも言って! どうすればリアを助けられるし!? あつっ!!」
「ブラックポイントを通って過去へ。脱出装置を起動すれば、裏の隠し戸から……ごほっごほごほっ」
「だから! そんなことより、リアを! みんな燃えちゃうし! ……って。ママ、あたしそっちじゃない。どこ見てるの? 誰と話してるし? ……きゃあっ!?」

 音だけで分かる。炎の勢いが一気に増した。
 希少となった化石燃料までも投入するなんて、どれだけ私が憎いのだろう。

 研究所を取り囲む怒声。
 斬撃、衝撃、破裂音。

 救えない。
 人類滅亡自体が秒読み段階か。

「なにもかも、私の責任ですの」
「完璧を追求する悪魔、黒崎博士が闇雲にブレイバーを生み出すのを止めるため、倉敷博士が暁十天……ギガンティックを暴れさせた……。世界が終わるのは、あいつらの仕業! ママは悪くない!」
「私も彼らと共に〝三博士〟と呼ばれ、もてはやされたものですわ。たくさんのミソスを生み出し、ブレイバーを支援し、崩壊を助長させましたの。同罪ですのよ」
「もう、こんな世界、見捨てよう! 一緒に行こう! 一緒にあいつら、やっつけるし! 一緒に……うぅっ……」
「さては私が死ぬとでも思ってるんですの? 大丈夫。諦めの悪さと、しぶとさには自信がありますのよ。びんがも、役目を果たしたら帰ってきてくださいの。待ってますわ」

 私は驚くほど聡明だった。
 いまこの瞬間に必要な言葉だけがすらすらと出てくる。

 残酷だけれど、もうひと押し。
 未練を絶たなくてはならない。

「カナリアは間に合いませんわ。さっきまで生命維持カプセルの調整をしていた私が言うんですの。生きられない」
「ぐすっ、うぇっ……」
「あなたなら私の無念を晴らせる。想いを託せる。私と最も長い時間を過ごした、あなたになら」

 熱さも痛みも感じない。神経をやられた恩恵か。
 冷たい言葉を放ち続ける胸の痛みだけが、ズキズキと響いた。

「もうやだ! やだよお! 誰か助けて! 苦しいし、熱いし、悲しいし! なんでこんなことに!?」

 あいつを、神門を〝私に代わって殺して欲しい〟と告げたのは建前。
 なぜなら、目の前で慟哭する娘は、絶対に人を殺さない。殺せない。
 それでも私の願いを叶えようと、懸命に、前へ進んでくれるはずだ。
 優しい心の持ち主だから。そう育ってくれたから。

 運命を改変したい気持ちは確かにある。
 けれど、そんなことより、最愛の娘たちには生きていて欲しい。

 共に戦う極麗六鳥も必要ない。
 くそったれな世界と心中するのは、私ひとりで充分なのだから。

「どうか、こんな世界……なかっ……」

 紡がれるのはひゅーひゅーと鳴る渇いた音。
 灼炎に晒されながら喋りすぎた。火の粉を呑み、熱気で声帯がいかれた。

「った……と……し……」
「……わがっだ……」

 聴こえた。
 娘の決心が。

 小さな足音が。
 脱出装置を起動させる音が。
 燃え盛る炎にかき消されることなく。聴こえた。

(いい子ですの。行ってらっしゃい)

 気配が遠ざかってゆく。なんとか間に合った。
 衰退した人間と比べれば、ミソスは体力に恵まれている。
 きっと助かってくれる。

 せめて最期だけは母親らしくありたい。
 残された僅かな気力と体力をかき集め、叫んだ。

「あいしてる!」
「ううっ……。ママ、ママ……。ごめんなさい……。リア……。ごめんなさい!」

 聴こえた。
 翼の羽ばたきが。

(ずっと元気でいてくださいの。私の可愛い、びんが)

【1】

2020.10.07 vol.ex-final

極麗の絆

    

 あれからどれだけの時間が過ぎたのか。
 1分か。10分か。1時間か。

 火災の状況は特に変わっていない。気がする。
 なにも視えない。なにも聴こえない。
 身体のどこにも動く箇所はない。

(……床板を……砂糖に……)

◆ ◆ ◆ ◆

「はかせ! おきてしんじゃいやなの! りあ、どうすればいいの!? なにかいって! おこえきかせて!!」

 遥か遠くでカナリアの声が聞こえる。聴覚も失われたはずなのに。
 もしも幻聴でないなら、きっと私はカプセルを開けられたのだろう。

 未熟な状態で解放されたミソスが、無事にいられるかは五分と五分。

 炎と敵に囲まれた研究所から、自力で脱出しなくてはならない。

 幼いこの子にはあまりにも過酷な試練だ。
 逃げおおせたとしても、なんらかの後遺症を残してしまうかもしれない。

 それでも苦難を乗り越え、強く生き抜いて欲しい。
 おねーちゃんたちに巡り会って欲しい。

 全員、元気にしているはずだから。
 胡喜媚も、緊那羅も、シェリーナも、セマルグルも、迦陵頻伽も。
 それぞれの事情があって、帰らなかっただけ。

(娘の成長を自分自身の目で、耳で、肌で、最後まで感じられないなんて、なんてひどい、子不孝な親ですの。どうか同じ過ちを繰り返さないで……〝アタシ〟)

 争いのない世界へ導いて欲しいなんて、高望みはもうしない。
 ただただ、夢に描いた仲良し六姉妹であってくれればいい。

 楽しく歌ってくれればいい。

 六花の絆を持つあの子たちなら、きっと――

【0】

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