未来:緑の世界

緑の世界

Illust. 竜徹

[ 2015.04.02 掲載 / 2015.09.17 更新 ]

状況

 バイオプラントの暴走がきっかけで文明は崩壊し、あらゆる生命が危機にさらされている――
 繁茂した植物が大地の気をすべて吸収し尽くさんとしている未来では、ある実験が行われていた。
 国連軍に所属する兵士から志願者を募り、植物に寄生されても死なずに成長を続けた昆虫のDNA因子を、彼らの身体へ移植したのだ。

 苦痛を伴う壮絶な実験に参加し、命を落とさなかった兵士はただひとり。
 感情が高ぶると樹人化する副作用が見られたものの、彼は強靭な身体を手に入れたのである。
 生き残った被験者の血液からつくられた抗体は、彼の名前を借りて《ソーマワクチン》と名付けられた。

 ソーマワクチンの接種を受けた者はバイオプラントに屈しない身体を得る。
 感情高揚時の樹人化とゆるやかな植物化こそ見られたが、人間としての尊厳を保てるようになったのだ。

 また、植物だけでなく同時に昆虫の遺伝情報をも取り込んだことは、通常の数十倍もの筋力を有し長命になるなど、人類をDNAのレベルから変質させた。
 この体質の遺伝により、人類は現在の我々とはまったく異なる《ホウライ》へ変化していった。
 やがて植物に寄生された昆虫《プラセクト》から抗生物質を精製する方法が編み出されると、ホウライは植物化の進行を遅らせ、樹人化の副作用を抑えることさえも可能とした。

 かくして、人類と植物のせめぎ合いが、ひとまずの決着を得たのち――
 ホウライたちは《大樹ユグドラシル》を信奉しその力を自らに取り込まんとする集団と、ひとりの少女が率いる《大樹ユグドラシル》に対抗する集団へと分かれていった。
 「 弱き者を助けたい 」 と願う少女の活動から自然発生的に生まれたその集団は小さな国のようなまとまりとなり、少女の子孫を指導者として代々存続したが……。
 ある時、大規模なプラセクトの攻撃に遭い、滅んでしまったという。

 ブラックポイントの発生した現在においては、大樹ユグドラシルの一部である神木モウギを神聖な存在と信じる八大龍王を中心とした勢力が、ホウライの多数派となっている。
 一方、大樹によって気を吸い尽くされた緑の世界ではろくに作物が育たず、わずかに残された肥沃な土地を奪い合う争いが絶えないようだ。

失われた伝承とモウギの真実

 フランスに拠点を置く環境NPO《リンドヴルム協会》が、バイオ植物を世界中へ散布。
 創始者はバイオ植物の核を自身に埋め込み、大樹ユグドラシルへと変貌。
 それが、終焉への始まりだった。

 あらゆる生物が植物化、統合される、この世界。
 大樹ユグドラシルは宇宙にまで枝葉を伸ばす一方、根は地球を突き抜け、日本の高千穂へ出現している。なおも増長を続けようと、まるで竜の尾のように暴れ回るそれは《モウギ》と呼ばれた。

 人類とて、ただ手をこまねいていたわけではない。
 植物に寄生されても死なずに成長を続けた昆虫《プラセクト》のDNAを移植する実験が行われ、植物と昆虫の生命力を宿す、唯一無二の存在が誕生した。
 多数の犠牲者を出す壮絶な実験に志願し、唯一の生き残りとなった国連軍兵士の名は――剣淵相馬。

 彼のDNAをもとに開発された《ソーマワクチン》は、植物化への抗体として、多くの人類に摂取されることとなる。うち、相馬の血液から直接つくられた高純度のソーマワクチンを接種した9人は、特に長命で精強な《ホウライ》へ進化を遂げた。人を超える力を得た9人は樹人化した相馬とともに、モウギへ立ち向かう。

 死闘の果てに、モウギは沈黙した。
 だが、見返りとして相馬が大樹に取り込まれる結果となってしまった。

「あいつが身体を張って、モウギを黙らせてくれたんだ。あたしも、弱き者を助けられる存在になりたい」

 そう言い残し、仲間のひとりが去って行く。
 いずれ、ユグドラシル対抗組織のリーダーとなる彼女の名は――青葉千歳。

 彼女を含め、討伐に関与し相馬を支えた9人は後に《原始の九大龍王》と呼ばれた。

◆ ◆ ◆ ◆

 途方も無い年月が過ぎ去った。

 原初のホウライから代替わりが進むにつれ、ソーマワクチンの効果は薄れている。精強だった力は衰え、寿命さえも元々の人間に近づきつつある。九大龍王直系の血筋である《八大龍王》といえども、例外ではなかった。

 時の流れが奪い去ったものは、それだけではない。

 モウギに取り込まれ姿を消した伝説の神祖《ソーマ》を祀っていた彼らは、いつしかその大義を忘れ、モウギそのものを神木として祀るようになっていた。
 モウギの枝からつくられ、モウギが再び暴れ出した際の切り札として、なによりソーマを守護する者の証として与えられ受け継がれた九振りの武器の、本来の意味を知る者もない。

 失われた真実の片鱗である、神祖ソーマの伝承に気付いた和修吉(ヴァースキ)は、難陀(ナンダ)、徳叉迦(タクシャカ)、摩那斯(マナスヴィン)を従え、画策する。
 衰えつつある身体に大樹ユグドラシルの力を取り込み、原初の力を取り戻さんと。
 モウギの切り株から神祖ソーマを掘り出し、その血を啜らんと。

「無限の生命力を秘めしモウギに触れる資格を持つ者は、我らをおいてほかにありません」

 なぜなら、その枝からつくられた九振りの武器か、半人半樹の巨人と伝えられるソーマの右腕以外に、モウギを傷つける手段はないのだから。

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