ワイバーンの手記

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[ 2013.12.26 掲載 / 2014.04.28 更新 ]

5つの世界から訪れたゼクスたちにより、歪められた時間軸――

他世界解釈分野の第一人者として知られ、北アーカム大学で並行世界について研究している物理学者カール・ワイバーン教授による、膨大なレポートの一部をここに抜粋して紹介します。

タイムループ

 ブラックポイント(以後、BP)の発生後、我々の住むこの世界と5つの未来世界がつながり、時間が未来から過去にさかのぼるタイムループという現象が起きている。
 つまり、BPが発生する前の時間軸[I-a]から時が進み、未来のある時点[II-a]でBPが発生したとする。未来である[II-a]は過去である[I-b](=現在の我々が生活している時間軸)にBPを通じてつながり、本来は未来世界の住人であるはずのゼクスが我々の住む時間軸[I-b]に現れたのだ。

[I-a](過去:BP発生前) → [II-a](未来:BP発生) → [I-b](現在:BP発生後)

 BPが発生する前の時間軸[I-a]とBP発生後の時間軸[I-b]は、似ているようでどこかが異なる並行世界である。なぜなら、[I-a]という時間軸では[II-a]までBPが発生しなかったのに対して、[I-b]ではすでにBPが発生しているからだ。

 具体例を示そう。

 [I-a]という時間軸で不治の病によって亡くなった少女Aは、[I-b]という時間軸ではBPから現れた者たちによって不治の病と同じ症状にされてしまったり、[I-a]という時間軸で交通事故によって亡くなった青年Mの妹は、[I-b]という時間軸ではBPの発生に巻き込まれて亡くなっていたりと似たような状況ではあるものの、並行世界では細部が変更される可能性があるのだ。

 上記の2例から推測されることは、BP発生のように重大な出来事が起きたとしても、人が死の運命から逃れることは難しいということだ。
 また、[I-b]という新たな時間軸の出現によって、すでに起きている未来である[II-a]も未知の未来[II-b]に変化するはずである。

 この先の未来がどのような姿になっていくのか。
 学者としては不本意な表現となるが、まさに “神のみぞ知る” と言ったところだろうか。

並行世界と特異点

 我々の住むこの世界と細部の異なる、いくつかの世界の存在を否定することはできない。

 並行世界はバタフライ・エフェクトによって無限に生成されるようなものではなく、歴史上の人物のような特定の人々、私が特異点と称している人物が重要な選択をした時、世界は分岐するのである。

 具体例を示そう。

 特異点のひとりである人物Aが、もうひとりの特異点である人物Yと、ある時点で敵対したとする。特異点と特異点がぶつかり合ったとき、特異点たちがどちらを選択するのかまだわからない段階で、ふたつの異なる可能性がふたつの世界を生んでしまうのではないだろうか。

分岐するふたつの世界

世界A
AがYを殺害し、Yが存在しなくなった世界。
世界Y
AがYを殺害せず、Yが引き続き存在している世界。

 残念なことに、学会においてこの説は懐疑的な意見ばかりを耳にするのが現状だ。
 なぜか。
 それは未だ特異点を特定することに成功していないからに他ならない。特異点と思しき情報があれば、わずかな可能性でも構わない、ぜひとも私まで連絡を入れてほしい。

竜の巫女との出会い

 私は空路から横須賀の米軍基地へ到着した。
 日本を訪れるのは、九頭竜学院大学で博士号を取得して以来……約20年ぶりか。

 狭い国土に大小5つものブラックポイントを抱える稀有な国、日本。
 私の知的探究心を揺さぶる彼の地は、その特異さ故に、厳しい入国制限がかかっている。食料やエネルギー資源の輸出入に関わる人間ならまだしも、物見遊山で立ち入ることは難しい。米軍に知り合いがいなければ、入国ビザを入手することさえ叶わなかったろう。

「カール・ワイバーン教授ですね、私は竜の巫女バラハラと申します。  世界の成り立ちに興味はありませんか?」

 旅の疲れを癒やそうと宿へ向かう私に話しかける者がいた。胡散臭い名乗りを上げたゴスロリ服の少女は、恐らく、いや間違いなく私のファンだろう。こちらの返答も待たず、他世界解釈に関する持論を展開し始めた。
 証拠となる文献の類は一切なく信憑性は皆無だが、非常に個性的かつ印象的であったため、念のため内容を書き記しておく。

バラハラの創世理論

 そもそも世界はひとつ。
 監視者たる始まりの竜は1体。
 竜の代弁者たる巫女もひとりだけ。

 最初に……始まりの竜が眠りについたことで、5つの未来の可能性が生まれた。

 しかし、5つの未来の可能性は泡沫に過ぎない。始まりの竜が再び目を覚ませば、5つの未来は消える。

 この世界と5つの未来がブラックポイントでつながったことにより、5つの未来の始まりの竜は、この世界の始まりの竜の居場所を探し始めた。抹殺し、自分の存在を確定させるため――

 のっけからの、あまりにも突拍子もない単語の連発に、私は思わず聞き返してしまった。

「監視者? 竜だと? 竜とはドラゴンのことか? よく伝承に出てくるモンスターの?」
「はい。教授がイメージされているもので、概ね問題ありません」
「そうだとして、なぜ君のような年端もいかない少女が、世界の理を知っているんだ?
 しかも、これまで専門職である私が一度も耳にしたことのないような話を、だ」
「私は特別ですから。竜の巫女は竜の意思を直接感じることができます」

 なるほど、選ばれた存在か。この年代の少年少女に特有の誇大妄想というやつだろう。
 私にそう結論付けられたとも知らず、彼女は続けて語った。

 5つの未来それぞれに始まりの竜がいるように、5つの未来それぞれに竜の巫女が存在する。
 バラハラは混沌と死の概念が支配する未来、黒の世界の竜の巫女。

 日本にはこの世界の始まりの竜の、竜の巫女がいる。そのため、この世界の始まりの竜もまた日本にいると考えられていた。しかし、ブラックポイントが開いて以降3年の月日を費やしても、未だこの世界の始まりの竜の居場所を暴くことはできていない。

「本来1セットの竜の巫女と始まりの竜が、全部で6セットになったってことか。
 この世界の始まりの竜の居場所がそんなに知りたいなら、この世界の竜の巫女をとっ捕まえて、居場所を吐かせりゃいいじゃないか」
「竜の巫女が始まりの竜の居場所を教えることは、普通なら考えられません。
 それに、この世界の竜の巫女の存在だけが明らかになっているのは、この世界の始まりの竜も日本にいると思い込ませるための、この世界の始まりの竜によるブラフかもしれません」
「ややこしいな。そもそも竜ってのは、どんな奴なんだ? 君の話を聞く限り、知能を有しているようだが」
「よそのことは詳しく存じませんが――」

 黒の世界の始まりの竜は殺戮こそ至上という思想に酔いしれている。
 そのため他の未来の竜たちと異なり、自らの存在を確定させることに興味はなく、ただただすべての竜、すべての世界を殲滅することを夢見ている。

 始まりの竜以外にも竜の眷属は存在する。ここ数ヶ月の間にあった各地での目撃情報は、単なる噂ではなく真実。彼らはそれぞれの未来の始まりの竜に似た姿をしていて、人の姿になれる者もいるという。

「まさかおまえも本来は竜だとか言い出さないよな?」
「竜の巫女は竜の巫女です。竜でも人間でもありません。中には竜の姿を取れる巫女がいるかもしれませんが、私自身に限ってはできませんし、その必要性を感じていません。
 竜の意思を人々に伝えることが竜の巫女本来の使命ですから」
「つまり、殺戮を促すことが君の使命か。
 ほどほどにしておけよ。こんなご時世とはいえ、悪戯も度が過ぎると捕まってしまう」
「お気遣いありがとうございます。
 もっとも……この世界には私が扇動するまでもなく破滅を求める人間が多いのです。近いうちに黒の世界で起きたような陰惨な出来事が、もたらされるでしょう。混沌への入口は、すぐ目の前にあるのですよ……ふふ」
「一部の人間を扇動した程度じゃ世界は壊れんよ」
「始まりの竜の居場所がつかめないため、最近は他世界へも目を向けています。仮にこの世界の始まりの竜が目覚めなかった場合、必ず、次の障害となりますから。そのためには強力なゼクスを投じなければなりません」
「おいおい、よしてくれ。各世界がそんなこと考えてるんだとしたら、何もかもおしまいだ」
「そう……何もかも滅ぶのです。
 ゼクスは本来、強い個体ほど行動に制限を伴うものなのですが、カードデバイスと、リソース操作に適性のある人間がいれば、その問題も解決できます。力に溺れた欲望を満たしてくれるのです……あぁ……なんて素晴らしい発明なんでしょう」
「ようやく話がつながった。
 つまり俺をゼクス使いにして他世界侵攻の尖兵とし、世の中に混乱をもらたすため、君は接触してきたということか。
 よくできた話だったが……悪いけど、私はそんなに暇じゃないんだ」
「いえ、残念ながら教授は私共の思想に賛同してくれそうにありませんし、ゼクス使いとしての素質も感じませんから、他の方を当たります。
 教授にはただお会いしておきたかっただけです。レポートを楽しく読ませていただいたので、お礼と感想を伝えるのも兼ねて」

 感想だと? まだ子供の遊びに付き合わされるのか。
 少々うんざりしながらも、私は紳士的に「ぜひ聞かせてくれ」と続けたのだった。

バラハラの事例提示

 レポートというのは、私が発表したタイムループと平行世界に関するものだった。一般人が目にする機会はないと思うが、いったいどこで読んだのだろう。
 しかし、学会内でも批判的な意見の多い私の推論を支持してもらえるのは、相手が素人とはいえ、正直悪い気がしない。

 加えて、先述の竜関連の妄想とは異なり、実に興味深い例を彼女は提示してきたのだった。

 大阪で生まれた少年A.T.は、父親の仕事の都合で幼稚園時代を横浜で過ごし、そこで少女A.K.と出会った。
 しかし、少年A.T.は父親の事故死をきっかけに母親の実家がある大阪へ引っ越して行く。

 [I-a]という時間軸――
 父親の母校である神戸の高校に進学した少女A.K.は、少年A.T.と再会した。彼の母親が入院している病院の側という理由で、同じ高校に進学していたのである。
 偶然バイト先も同じだったふたりは、自然と距離が近くなってゆく。

 [I-b]という時間軸――
 天使に両親を虐殺された少女A.K.は、神戸で天使と一緒にいた少年A.T.と再会した。
しかし、互いに幼馴染みである事実を思い出すことはなく、むしろ少女A.K.は天使をかばう少年A.T.を殺そうとさえしたのだった。

タイムループの一例

[I-a](過去:BP発生前)
A.K.が幼なじみのA.T.を覚えている。
[I-b](現在:BP発生後)
A.K.が幼なじみのA.T.を思い出さない。

 まったく異なる人生を歩む、[I-a]という時間軸の少女A.K.と、[I-b]という時間軸の少女A.K.は、果たして同一人物と呼べるのだろうか? 私の心を見透かしたかのように、バラハラは言った。

「教授の説のように、並行世界で起きる出来事が似通ってくるのならば、幸せな人生を送っている[I-a]の少女A.K.にも、[I-b]の少女A.K.のような、不幸な未来が待ち受けているのでしょう。
 はぁ……ん。あまりの救われなさに身震いがします」
「ああ。可哀想にな」

 たかが一例に過ぎないというのに、そんな言葉が口をついて出た。
 神戸の高校といえば、聖竜学園高等学校で英会話講師をしていた頃を思い出す。私の親戚が日本の男性と婚約して横浜へ移住したのも、ちょうどその頃だったか。だから、A.K.という空想上の少女に親近感を覚えたのだろう。

「なあおい、君。……おや?」

 気づいた時には、少女は忽然と姿を消していた。私にも多少なりとも忍の心得があるというのに、近頃の少女、あなどりがたし。
 さっきの一例をもう少し掘り下げてみたかったのだが、仕方あるまい。

 以上、自称竜の巫女バラハラとの邂逅によってもたらされた、雑談・空想レベルの情報である。
 賢明な諸君はそのまま鵜呑みにしないよう注意されたし。

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