上柚木綾瀬の軌跡

綾瀬

Illust. 吟

[ 2015.05.14 掲載 / 2017.03.13 更新 ]

プロフィール

Name 上柚木 綾瀬 Ayase Kamiyugi
Age 16
Birth 10.31
Zodiac 蠍座
Size 160cm
Job 高校1年生(休学中)
Family  
World 黒の世界
Arrival 01, ST, 03, 05, 08, 09, 10, 13, 18
Partner 四足の勝利者ズィーガー
Memo ・虫が嫌い。
・シュークリームが好き。
・料理知識が皆無。
・父親は日本人、母親はドイツ人。
・白の世界において「ラファエルA.K.」として覚醒。

略歴

00 神奈川生まれ。上柚木八千代とさくらとは父方の従姉妹の関係にある。獅子島七尾とは遠い親戚筋に当たる。
01 私立のミッション系スクールで小中学生時代を過ごす。毎年クラス委員を任される、真面目で品行方正な生徒だった。
ブラックポイント発生。
02 考古学者だった父親の遺跡調査を兼ねた家族旅行先の奈良で、両親をエンジェルに殺害される。放心状態にあった綾瀬だけはガルマータにより救い出されるが、襲撃を受けた村は跡形もなく全滅。
03 京都の父方の祖母に引き取られる。
綾瀬16歳。ブラックポイント発生から3年経過(ブースターパック第1弾「異世界との邂逅」前後)。
04 祖母の死後、天使への復讐を決心。カードデバイスを手に入れるために舞い戻った横浜でズィーガーと出会い、契約を交わす。契約の直前には竜の巫女にも出会い、カードデバイスを渡されている。
05 ズィーガーのほかにもゼクスのキャプチャーを行い、着々と戦力の増強をはかる。従えていることが判明しているゼクスは、アイアンメイデン、ジャックランタン、ライゼンデ。
06 関西で無差別に天使を狩り《エンジェルキラー》と呼ばれるようになる。
07 天使フィエリテを殺そうとするが、天王寺飛鳥に介入され、失敗。
08 再度、天使フィエリテを襲うが、またも飛鳥に妨害されてしまう。表面上は飛鳥を憎悪するが、無自覚ながらも毒気を削がれており、以降は “両親を殺した天使” の情報収集を優先。闇雲な殺害を行わなくなる。
H.S.1-4:敗北
09 横浜へ戻る途中、青の世界のゼクスたちに襲われるが、飛鳥がらみの鬱憤を晴らすがごとく蹴散らす。
H.S.2-3:勝利
10 奈良の廃村へ両親の墓参り中に弓弦羽ミサキやガルマータと鉢合わせとなり、襲いかかる。ガルマータの口から、宿敵の名が十二使徒 宝瓶宮ガムビエルだと明かされる。
H.S.3-2:勝利
11 ガムビエルの急襲。圧倒的な実力差を見せつけられる。
12 倒すべき敵をガムビエルに絞り込み、刺し違える覚悟を固める。エンジェルどころか雑多なゼクスを襲うことがなくなり、ズィーガーは不服。
13 ブラックポイントの発生に巻き込まれて死んだと思い込んでいた八千代と遭遇。ゼクス使いとなっていたため、足を洗うよう忠告する。
14 奈良の遺跡で父親が発掘した《神祖の嫉妬の仮面》を、ガムビエルが回収していたことを知る。
15 《神祖の嫉妬の仮面》を欲し、日頃より綾瀬を煙たがっていた七大罪 嫉妬の魔人インウィディアの手引きにより、ついにガムビエルと血戦。これを討ち取る。
H.S.6-1:勝利
16 天使と魔人の力を混在させたおぞましい気配を感じ取り、ズィーガーがガムビエルの生存を確信する。
徳叉迦の秘術により赤と緑の世界のブラックポイントが転換(ブースターパック第13弾「変革の疾風」前後)。
17 作戦を練り直すため横浜の自宅へ帰還。両親が殺される原因となった特別な《仮面》が複数存在することを知り、その破壊を当面の目標に切り替える。
18 電気の供給が絶たれた実家へ、数年ぶりにさくらからの電話がかかってくる。互いの無事に安堵したのも束の間、彼女からの用件は八千代の危機を伝えるものだった。
19 九大英雄アレキサンダーの槍に貫かれようとしていた八千代とアルモタヘルを、間一髪で救う。復活したアルモタヘルとの共闘により、ズィーガーはアレキサンダーを撃退。直後、神を名乗るギルガメシュなる者が現れ、人類への宣戦布告を行った。
H.S.9-1:勝利
神降臨(ブースターパック真神降臨編「神域との邂逅」前後)。
20 神は姿を消した。仮面の情報収集と気分転換を兼ねて、八千代が師匠と呼ぶ人物の元へ向かうことにする。神との戦いを期待していたズィーガーは悪態をつく。
21 黒いコートの男とすれ違う。
22 八千代の師匠ル・シエルは血の海に沈んでいた。放心状態の八千代に両親の生命が奪われた瞬間の幼き自分を重ね、唇を噛む綾瀬。アルモタヘルとともに八千代をなだめつつ、綾瀬はル・シエルのパートナーゼクスらしきディアボロスが、無表情に彼を眺める様子に違和感を覚えた。しかし、血の匂いに敏感なズィーガーいわく、犯人は彼女ではなくすれ違った男だという。
23 ル・シエルがサタンへ変貌する場面を目撃。
24 黒の竜の巫女バラハラが邪竜ファフニールの討伐を持ち掛けてくる。申し出を受け入れる義理はなかったが、断れば傷心の八千代へ話を振ると脅され、渋々引き受けることに。神に興味を抱いていたズィーガーは欲望の赴くままに邪竜を屠った。
H.S.10-1:勝利
25 討伐から戻ると、八千代とアルモタヘルは姿を消していた。サタンの追跡と確信。かつての八千代は明確な目標を持って行動することが少なかったため、その成長に驚かされる。対して、自身は本来の目標から離れて足踏みしていることに気づかされた。
26 天使と化したさくらが舞い降りる。その姿に驚かされたのも束の間、鬼気迫る様子で八千代の所在を問い詰められ、言い淀む。しかし、彼女は瞬時に綾瀬の心を読み取ると、焦った様子で空の彼方へ飛んで行った。
27 バラハラがふたたび現われ、八千代がサタン追走の途中で覇神ギルガメシュの討伐へ向かったことを告げる。“最後の寄り道” と定め、綾瀬もバラハラに覇神ギルガメシュ討伐戦を志願。
28 竜の巫女に導かれ邂逅した、神門、あづみ、飛鳥、八千代、相馬、ポラリスらと協力して覇神ギルガメシュを討伐。しばし歓談後、ガムビエル討伐のため旅立つ。また、八千代にさくらの救済を託した。
H.S.10-8:勝利

旅立ちの物語

絶対零度の狂詩曲

「キャプチャー!」

 スーツとサングラスで全身黒ずくめの男が、力強く叫んだ。
 彼以上に黒く不吉なオーラを漂わせる巨大な影に、カードデバイスを突きつけながら。
 しかし、状況になんら変化はなかった。
 自信に満ちていた男の表情に、焦りの色が浮かび始める。

「キャプチャー! キャプチャー!! ……っ何でだよ! 何で捕獲できねえ!」
「ジ・エンド、だな」
「待ってくれ、ズィーガー! 俺はおまえをどうこうしようってわけじゃない!
 そ、そうだ! もうひとり小娘があそこに隠れてるぜ! まずはアイツ——」

 ズィーガーと呼ばれた巨大な影が翼をひと振りすると、突風が巻き起こった。
 吹き飛ばされた男は、かつて有数の高層ビルだった建物に叩きつけられる。
 一部始終を物陰から見守っていた少女の脇に、肉塊が落下してきた。
 圧倒的な力と生々しい惨劇を目の当たりにし、久しく忘れていた恐怖が蘇る。
 少女は激しい嘔吐感を覚え、膝をついた。

「つまんねーこと言ってンじゃねえ。時間をかけて追い詰めンのが楽しいのによ」

 俊敏な動きで飛び上がると、
 ズィーガーは男が示した建物へ体当たりを喰らわせた。
 轟音を響かせ、コンクリートの塊が瓦解してゆく。

「日課の狩りが、もう終わっちまうじゃねーか」

 すんでのところで転がり、落下してくる瓦礫から逃れた少女は、  飛び出した勢いに任せて “それ” を拾い上げ、ズィーガーへ突きつけた。  黒服の男がついさっきまで手にしていたカードデバイスだ。

 彼女は上柚木綾瀬。
 本来なら高校に通って、ありふれた青春に一喜一憂してるだろう16歳。
 かつて、父親が褒めてくれたしなやかなブロンドの髪はくしゃくしゃに乱れ、
 母親と買いに行ったゴシックの衣服も砂にまみれて煤けていた。

 カードデバイスの闇取引が行われている裏路地を突き止めたまでは良かったが、
 あまりに法外な価格を突きつけられ、途方に暮れていたところ——
 逃げ惑う人々と、漆黒の翼を持つゼクスが現れたのだ。

『俺様はこの辺一帯を縄張りにしている、四足の勝利者ズィーガー。
 てめえらに3秒だけくれてやる。上手に逃げてみろ』

 4秒後、何人もの人間が鋭い爪に貫かれて絶命した。
 5秒後、生き残ったのは綾瀬と黒服の闇商人だけとなった。

 そして今に至る。

「大人しくして! キャプチャー!!!」

 綾瀬の声に呼応するように、カードデバイスへ光が集まってゆく。
 これまで綾瀬が感じたことのない、リソースの奔流が空間を支配した。

「お、おお……!? ンな馬鹿な……!」

 集まったリソースと共に、ズィーガーはカードデバイスへ吸い込まれていった。
 強大な力を持った凶悪なゼクスが、いま、この手に収まっている。
 目的のひとつを成し遂げた達成感に、顔を綻ばせる綾瀬。
 しかし、歓喜の表情は一瞬にして絶望へと変わった。

「なンつってな」

 カードデバイスから背筋を凍らせるような低い声が発せられ、
 次いで、解放(アクティベート)の許可を与えてもいないのに
 ズィーガーが姿を現したのだ。

「あぶねえあぶねえ。まさかてめえみてえな小娘が本物とはな。
 デバイスも本物だったら、マジで捕獲されてたぜ」
「どうして……」

 カードデバイスに捕獲したゼクスは使用者の意思でのみ解放を行える。
 また、ひとたび捕獲したゼクスは使用者に従順な使い魔となる。
 そのように聞いていた綾瀬は、目の前で起きている事態に当惑した。

「冥土の土産に教えてやるよ。
 てめえはカードデバイスを使える側の人間のようだが、そいつは偽物だ。
 よく似せてあるが、機能が完全じゃない」

「もうひとつ。仮に本物のカードデバイスを使ったとしても、
 人間に従うのは、低級で何も考えてない馬鹿なゼクスだけだ。
 俺様はどっちかって? 人間の首を掻っ切ってやる方さ!」
「あぅっ!」

 ズィーガーは前足で綾瀬を突き倒すと、そのまま踏みつけた。
 背中から恐ろしいほどの力がかかり、まったく身動きが取れない。

「ほかのヤツらがあっけなかったからなア。てめえは存分にいたぶってやるよ」

 全身の骨がきしみ、胸が圧迫される。
 息が詰まりそうになる中、腹の底から声を絞り出し、
 綾瀬はズィーガーに語りかけた。

「……気に……入ったわ……」
「なに?」

 綾瀬が取り乱し命乞いをする様を期待していたズィーガーは、
 死をまったく恐れないそぶりを見せる綾瀬を訝しんだ。
 不意に力が緩んだことで、前足の束縛から逃れる綾瀬。

「げほっげほっ……。あ、あなたならきっと私の願いを、叶えられる。
 そして私は、あなたに快楽を与えられる」
「何のことだ」
「取引をしましょう」

 不敵な笑みを浮かべる綾瀬。
 しかし、手の平と背中にはじっとりと汗が滲んでいた。

◆ ◆ ◆ ◆

 その女の子は両親に連れられ、奈良を訪れていた。
 父と母の仲は良く、何不自由のない毎日。
 仕事の都合とはいえ、ひとときの家族旅行を純粋に楽しんでいた。

 しかし、何の前触れもなく和歌山との県境に発生したブラックポイントから
 純白の翼を持つ天使たちが現れ——
 小さな村はわずか数分で壊滅させられたのだった。

 両親を目の前で惨殺された女の子の中で、何かが音を立てて壊れた。

 焦点の定まらない瞳で立ち尽くす彼女に迫る、天使の凶刃。
 それを受け止めたのは彼女の身の丈ほどもある、巨大な戦槍。
 白と金の甲冑に身を包んだゼクスは女の子を抱え、北の空へ飛び去った。

◆ ◆ ◆ ◆

 あれから3年。
 事件は小さな村が存在したという事実もろとも闇へ葬られ、
 白の世界は我々の世界に直接的な危害を加えていない唯一の勢力、
 と認知されている。

 育ててくれた京都の祖母が亡くなったのを機に、
 綾瀬は復讐のための力を手にするべく、東京へ向かった。
 廃墟と化した東京だが、闇に生きる者たちは今なお周辺に隠れ住んでいて、
 かのカードデバイスさえ取引されているという噂を耳にしたからだ。
 もっとも、両親が遺したお金をかき集めても、桁ひとつ足りなかったのだが。

 極度の緊張と押し殺した恐怖で止めどなく流れ落ちる汗を隠しつつ、
 綾瀬は漆黒のゼクス、ズィーガーを見据えた。
 ひとたび言葉を間違えれば、待っているのは確実な死。
 失敗は許されない。

「私はあなたの力を使って復讐を果たす。
 あなたは私のカードデバイスを扱える力を利用して、天使をすべて殺す」
「確かに悪い取引じゃねえ。
 ここいらは黒の世界の見慣れたゼクスや弱っちい人間ばかりだし、
 飽き飽きしてたところだぜ」
「だったら……!」

 希望を見出した綾瀬は、
 目の前のゼクスが残忍な性質を持っていることも忘れ、前のめりになった。

「それだけに残念でならねえ。
 本物のカードデバイスがなけりゃ、てめえは普通の人間なンだよな」
「それは……」
「というわけだ。あばよ!」

 ズィーガーの鋭い爪の先端が、綾瀬の首筋に突きつけられた。
 つうっと、一筋の血が滴り落ちる。寸止めされた形だ。

「普通の人間なら、死の寸前だってのに、ンな冷たい目はしてねえか。
 ……面白れえ! てめえを殺すのなんざ簡単だがな、1日だけ時間をやるよ。
 本物のカードデバイスを手に入れてみろ。そしたら復讐ごっこに付き合ってやるぜ」
「わかったわ」

 気丈に振る舞っていたが、綾瀬の心臓は破裂しそうなほどに高鳴っている。
 張り詰めた精神も限界ギリギリのところまできていた。

 そこへ、なんとも間の抜けた声色で話しかけてくる者があった。

「あー……取り込み中のところ悪いのじゃが」

 いつの間にか綾瀬とズィーガーの傍らに、
 頭に角飾りと巫女衣装を身につけた、小柄な少女が立っていた。
 ゼクスがすぐ側にいるというのに、少女はまったく臆した様子を見せない。
 綾瀬はズィーガーの前に立ちはだかると、
 後ろにいる少女へ、小声ながらも強い口調で告げた。

「早く逃げて!」
「お主、上柚木綾瀬じゃな?」

 綾瀬の表情が凍りつく。
 しかしながら、少女は変わらぬ呑気さで綾瀬を見上げている。

「……何故、私の名前を知っているの?」
「ワシは竜の巫女、世界の平和を願う者じゃ。
 なに、怪しい者ではない。お主が持っておるカードデバイスを見せてくれぬか?」

 名前を知っていたことに加え、
 カードデバイスを所持していることまで知られている。
 警戒を強める綾瀬だったが、カードデバイスが偽物だったことを思い出し、
 言われるままに竜の巫女へ差し出すことにした。
 相手の出方を見る意味も込めて……。

「ふむふむ。これはまがいものじゃな。
 信用が落ちるから、こういった中途半端な代物をつくらんで欲しいのう。
 まあ、いいわ。他社製品じゃが、あふたーさーびすで取り替えてやろう」
「何を言っているの……?」
「ほれ」

 戻ってきたカードデバイスを手にした瞬間、
 綾瀬はさっきよりはるかに強い、強烈なリソースの奔流を感じた。

「まさかこれは……。あなた、いったい!?」

 しかし、ほんの数秒カードデバイスに気を取られていたうちに、
 竜の巫女は姿を消してしまっていた。

「消えた……?」 「ちっ。殺し損ねたか」

 獣の動体視力をもってしても、いなくなる瞬間を捉えられなかったらしい。
 いずれにしても、いないものはいない。
 綾瀬の興味はすぐ、竜の巫女から手元のカードへ移った。

「ズィーガー、ちょっといいかしら」
「あァん?」
「キャプチャー!!!!」 「うぉっ!?」

 偽物より遥かに強い光を発し、カードデバイスはズィーガーを呑み込んだ。

「いきなり何しやがる! なんだこれ、出られねえ!」
「これで契約は成立かしらね?」
「……てめえ、いい根性してるぜ」

◆ ◆ ◆ ◆

 あれから数ヶ月。
 ゼクスとゼクス使いたちの間に《天使殺し》の噂が広まり始めていた。
 綾瀬とズィーガーが西へ向かう道すがら、あまたのエンジェルを殺めてきたからだ。
 その中に両親を殺めた天使はいなかったし、無抵抗な天使もいた。
 しかし、ズィーガーはもちろん綾瀬にも、ためらいや哀れみの感情は存在しない。

 夕日が山の陰に姿を隠し、夏だというのに肌寒い風が綾瀬の側を吹き抜けた。

「いいことを思いついたわ」
「ンー……?」

 綾瀬はカードデバイスに向かって話しかけた。
 ズィーガーが気怠そうに反応する。
 綾瀬の言う『いいこと』にはロクなものがないと知っているためである。

「もうすぐ夜になってしまうわ。私を乗せて北西へ飛んで」
「やなこった」
「あなたの翼は何のためにあるのかしら?」
「少なくともてめえを乗せて飛ぶためじゃねえな!」
「今朝、私が水浴びしてるとこ、覗いたわよね」
「な……ンだよ突然。覗くかよ、バーカ!
 てめえの貧相な裸見て、どうしろってンだ!」
「ここで問題です。上柚木綾瀬のスリーサイズを答えなさい」
「83-53-84」
「お見事、正解です。では、第2問。
 なぜズィーガー君は上柚木綾瀬のスリーサイズを即答できたのでしょう」
「そりゃあ、俺様の視力なら100メートル上空からだって鮮明に……」
「アクティベート」

 綾瀬は白の世界の天使たちを戦慄させてきた絶対零度の冷たい視線を、
 カードから解放された漆黒の獣へ投げかけた。

「うおぉ……魂を凍てつかせる蔑みの眼力がたまらねえ……。
 じゃねぇよ! 汚ねえぞてめえ! 俺様をはめやがったな!」
「許しを乞うなら、素直に飛ぶことね」
「るせぇ! 今日という今日は、てめえのわがままには従わねえからな!」
「飛ぶの」

 夜もふけ、すっかり闇の帳が降りた頃ーー
 綾瀬を乗せたズィーガーは、とある教会の庭に降り立った。
 窓からぼんやりと光が漏れている。
 ただし、人工の照明によるものではではない。

 天使が潜んでいる確率、95%。
 白のブラックポイント付近で取り逃がした天使である確率、75%。
 両親を殺した天使である確率、5%未満。

 憎むべき天使。
 殺すべき天使。
 天使はなんぴとたりとも存在してはならない。

「…………………………」

 ズィーガーは両の翼で器用に綾瀬を包み込むと、目の前に下ろした。
 綾瀬はうつむき気味に、じっと教会を睨んでいる。

「うるさい綾瀬がだんまりってことは、
 あそこに天使がいるのは間違いねえってことか」
「…………………………」
「普段は日和見のくせに、相手が天使となると俺様以上に容赦ねえからな。
 だから綾瀬は殺せねえンだよ……ッと!」

 ズィーガーが前足を斜めに薙ぐと、爪の軌跡から3本の衝撃波が発せられた。
 凄まじい轟音とともに、教会が爆散する。

「ンだよ。気づかれたか」

 もうもうと上がる土煙の向こうに、何者か飛翔する姿が見える。
 数時間前にふたりが取り逃がした白の世界のエンジェル、フィエリテだった。
 彼女の手にはパートナーと思しき青年がぶら下がっている。

「ここまで追って来ましたか」
「死にぞこないのエンジェル風情が手間取らせてンじゃねぇ。
 さあ、命令をくれ! 何もかも俺の爪で消してやるよ!!」

 しかし、オーダーを迫られた綾瀬はうつむいたまま。

「肝心のてめえがそんなんじゃ困るってンだよ……。
 起きろ、綾瀬!!」
「…………! あ、ああ……ごめんなさい。
 天使の気配を感じると、どうしてもあの日のことを思い出してしまう。
 ……おかげさまで気力は十分だけれど」
「クックク……。始まるぜェ、殺し合いがなァ!」

 対するフィエリテも、飛鳥に命令を下していた。

「飛鳥に命令します。暴虐の限りを尽くす侵略者を排除なさい」
「まったく……なんでこないなってもうたんや?」

 うつむいていた綾瀬は自ら頬を叩くと顔を上げ、フィエリテを睨みつけた。
 眼差しに宿るは、憎悪の炎。

「天使は許さない……絶対にッ!!
 ズィーガー! リソースの供給は決して絶やさないから、
 あなたの好きなように、あの天使を処分して。思い切り、残忍にね」
「言われるまでも、ねェな!」

 上空でその綾瀬の物騒な言葉を聞いていた飛鳥は縮み上がった。
 怨嗟にまみれたどす黒い感情が、無防備な心を切り刻んでゆく。

(……せやかて、それでもあの子は僕と同じ人間なんや。
 ゼクスを使ってまでゼクスを殺そうとするのは、何故やろう?
 ゼクスは等しく僕らの敵というなら、まだ分かるんやけど……)

「フィエリテはん、下ろしてくれへんか」
「いま、あなたを失うわけにはいきません。油断してはなりませんよ」

 フィエリテと共に地面に降り立った飛鳥は、
 ズィーガーの巨躯に怯えながらも綾瀬に歩み寄り、柔らかな口調で語りかけた。

「黒い服のべっぴんさん、ちょっとええか?」
「……何」
「なんでまた、そないに怒っとるんや。
 天使は許さないて、フィエリテはんが何かしたんか?」
「私の敵討ちはすべての天使を滅ぼすまで終わらない。あなたには関係ないこと」
「あちゃー。痛いとこ突かれてもうた。そうやなあ。明らかに僕、部外者やし。
 でも、そんならそっちのごっつ怖いゼクスやて、部外者なんやあらへんか?」
「うるさい」
「なあ、まずは話しあおうや。
 どうしても折り合いがつかなかったら、そん時は喧嘩してもええ。
 ただし、口喧嘩やスポーツでな。平和に解決するのが一番や!」

 キラキラした無垢な瞳で訴えかける飛鳥。
 綾瀬は信じられないものを見たとばかりに顔を曇らせ、嫌悪感をあらわにした。

「ズィーガー、先にゼクス使いから引き裂いて。天使に味方するなら人間も敵よ」
「俺様もソイツは気にくわねえと思ってたところだ」
「ええええええええ、そんな!?」

 ズィーガーは教会を破壊したのと同様の衝撃波を飛鳥に放った。
 しかし、こうなることを予期していたフィエリテが結界を展開し、間一髪で阻む。
 地面をえぐった衝撃波が土煙を上げ、結界を境に激しく舞い上がる。
 その隙に飛鳥はフィエリテの後ろへ逃げ込んだ。

「めめめ、めっちゃ怖いわ! いきなり攻撃とか反則やろ!」
「あなたは傍観者ではなく当事者です。覚悟を決めないと本当に死にますよ。
 現実を見なさい。話し合いが通用する相手ではありません」
「せやかて、フィエリテはんは僕に誰かを殺す片棒を担げ言うんか?」
「身を守るためにはやむなきことです」
「イヤや! 誰かの犠牲の上に達成される目的なんて、何の価値もあらへん!!」

 飛鳥の心の叫びは綾瀬の耳にも届いた。
 額をおさえ、ふらついた綾瀬がズィーガーの身体にもたれかかる。

「綾瀬?」
「……何の価値も……ない? 何の……価値も……?」

 うわごとのように、何度も飛鳥の言葉を反芻する綾瀬。

「…………………………。
 ……分かってる。分かってたわよ、そんなの。とっくの昔に。
 だけど、どうしようもないの! 知った風な口をきかないで!
 私の目の前で天使になぶり殺された、パパやママを返してよ! ねえ、返して!!」

 整った顔を歪め、涙ながらに訴える綾瀬。
 とめどなく流れる涙と嗚咽を目の当たりにして、
 飛鳥は綾瀬の悲しみと怒りの理由を知ることができた。
 しかし、その内容はあまりにも重い。
 慰めの言葉も思いつかず、ただただ立ち尽くすのみ。

「白の世界のエンジェルが、あの人間の両親を……?」

 フィエリテが遠く離れたブラックポイントの方角を見つめ、疑念を口にした。
 エンジェルは人間を見下しこそしているが、導くべき相手ともみなしているため、
 不必要に殺すことなど考えられなかったからだ。

「……ほら、できないじゃない。いいわ、それなら天使を殺すから。
 ズィーガー、あなたは嫌がるかもしれないけど、私、あいつら二度と見たくない。
 全力でいっちゃっていいかな」
「しょーがねーな。次の標的を殺る時にでも、埋め合わせしてくれ」

 小さくうなずいた綾瀬は、ズィーガーのカードデバイスを左手に持ち替え、
 腰に提げた小物入れから新たに2枚のカードデバイスを取り出した。
 そして、高らかに宣言する。

「イグニッション……オーバードライブ!!!!」

ゼクス・ゼロ 絶対零度の狂詩曲 <ぜったいれいどのラプソディ> 了

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